HAPPYリンチ! 豆小町
デヴィッド・リンチかー。ちょっと困った。実はわたし、『イレイザーヘッド』(’77)を未だに見ていない不届き者。そのうえ『ツイン・ピークス』シリーズもスルーしてて……(汗)。まあ、それ以外は公開時に劇場で一通り目にしてきたが……うーん、いい意味でフツー。フツーに可笑しかったり、フツーに頭がこんがらがったりして、それなりに愉しさも味わってはいるのだが……フツー。もちろんお気に入りもありますよ!『ブルー・ベルベット』(’86)と『ストレイト・ストーリー』(’99)は好き。良くも悪くも、リンチワールドは、この2本で過不足なくのぞき見できると言ったら、ディープなファンの方々からはお叱りを受けるかな。というのも、リンチにはガッカリさせられた思い出があるからだ。2012年、ラフォーレミュージアム原宿で『デヴィッド・リンチ展~暴力と静寂に棲むカオス』を見た。映像作品にとどまらず、絵画・ドローイング・写真まで網羅した鳴り物入りの大規模企画展。要は、豆腐作ってるだけじゃないんですよ~、肉も野菜も使って脳内レシピを調理してるんですよ~と、アーティスト=リンチのお披露目会になっていたのだが、これがまったくノレなくて(汗)。もったいぶってる割には、どれもこれも射程距離が短いわ、詰め切れてないわで、かえってお里が知れちゃったわけ。「世界で最も影響力のあるアーティストの1人だとぉー? これじゃあ、美大生の卒展レベルだろ?」と、ひとりボヤきながら帰路についたのでありました、はい。それ以降、リンチのことはすっかり忘却。現に10年以上、映画制作から遠ざかっていたらしいから、思い出す機会もなかったのだ。そんな中、唐突に舞い込んで来たのが、リンチに密着取材したドキュメンタリー映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』だ。リンチご本人がナビゲーターになり、物心ついてからデビュー作『イレイザーヘッド』を完成させるまでの道のりが、時系列に沿って語りつくされる仕立て。要は、ジョン・グエンという人に監督を任せ、ご自身は被写体モード全開(!)で御登場だと……。なるほど、その手がまだあったか! デヴィッド・リンチは1946年1月20日生まれの72歳。そりゃあ人並みに、我が人生を振り返りたいと思うのも無理はない。リンチ曰く「新しいアイデアに過去が色づけする」──。そうでしょう、そうでしょう。リンチみたいな特異なポジションを確立してきた人が、穏やかな口調で過去と未来を紐づけた自己肯定感を口にすると、それだけでよい空気が流れ出るもの。でもって、語られる幼少期の想い出が、リンチ作品にもたびたび登場する1950年代の米国の明朗快活なイメージそのもので、さらに興味を引く。カウボーイハットがトレードマークの父と美しい母。おしどり夫婦による愛情あふれる家庭生活の下、3人兄弟の長男として一点の曇りもなく健全に育つリンチ少年。ところが一転、自宅から数ブロックの小さな世界がすべてだった彼が、転居&進学を繰り返すたび、やがて心の内を制御できなくなり、夢と現実の境界線が崩れ、恐怖を抱えながら生きるようになったという。人生の振り返りといいながら、創作の原点や自作の解説とも受け取れるお話が、様々な素材をコラージュして綴られて行くのである。リンチの口からこぼれだす歪なエピソードの数々は、ダークな深層心理を解き明かすためのくすぐりにピッタリなのだが、わたしは正直言って勝手に割愛(笑)。それより、口癖のように「あの頃はサイテーだった……」とネガワードを連発するところが、ひどく可笑しくて。いや、きっと感受性豊かな青春時代に、世界に触れて、戸惑い&苦悩した記憶は、脳裏に焼き付き離れないのだろうが、何もそこまでネガなじぶんに依存しなくても……ねえ(笑)。何より70年生きてても、青春の彷徨を当時の気分のまま語っている様子に虚を突かれた。1ミリもてらいがない。そっか、リンチは制御不能に陥っていたじぶんが嫌じゃなかったんだなあ……、いつもどこに戻ったらいいかをウッスラ覚えていて、帰れる場所があったんだなあ……とわかり、初めて腑に落ちたのだ。まっとうなご両親から注がれた愛情深き日々という礎があるからこその、ダークサイドへの憧れ──。どちらもリンチにとっては大切な拠り所なのだろう。アトリエの片隅に貼られたボスの『快楽の園』がすべてを物語っていた。映画は、リンチの現在の創作風景も捉えながら進行する。何せタイトルが『アートライフ』だからね。でもごめんなさい、手掛けているものより驚嘆したのは傍らで遊んでいる幼子だ。何と彼のひ孫ではなく実の娘だと! 3度の離婚と4度の結婚って……(汗)。ロマンチックLOVEを未だに夢見る男、これぞ真のアートライフ。デヴィッド・リンチは稀に見る幸福な人だった。拝みに行く価値ありです。