成瀬巳喜男の世界


○ 成瀬巳喜男
 1905年東京市四谷坂町生まれ。工手学校を卒業後、松竹蒲田撮影所に入り、'30年監督デビュー。'35年PCLに移籍、同年『妻よ薔薇のやうに』が絶賛され、名声を確立する。その後『旅役者』『芝居道』などの「芸道もの」で真価を発揮。戦後は『めし』『浮雲』などの名作を次々に発表し、小津・黒澤と並ぶ巨匠として敬意と注目を集めつづけたが、'69年7月2日病没。近年、各国の映画祭で相次いで特集上映が催され、国際的評価も高い。


● 旅役者
 信州路のうらぶれた田舎町にやってきた旅回り一座。呼びものの舞台は塩原多助と愛馬アオの別れの場だ。その馬の役を務める俵六は“日本一の馬の脚”を自認する芸達者の奇人。ある日、馬のハリボテがこわれて、彼は役を失ってしまうが……。宇井無愁のユーモア小説を成瀬自身が脚色、笑いの中に哀愁をこめた抒情的な佳作に仕上げた。

音楽=早坂文雄。70分。


● 芝居道
 日清戦争の頃。時局便乗の芝居で人気を得た新蔵(長谷川一夫)は自らの実力を過信し、師(古川緑波)や恋人(山田五十鈴)と別れ、東京に出る。しかし高慢な彼に周囲は冷たく、納得できる役にもつけない。非を悟った新蔵は、芸の修業に励む。戦時下の不自由さを感じさせない中古智の壮麗な美術、成瀬の練達した演出など見どころは尽きない。

83分。


● 妻
 『めし』『稲妻』につづく林芙美子作品3度目の映画化。「茶色の眼」を原作に、結婚10年めの夫婦の倦怠とき裂を描く。夫への信頼を回復できず疲れきっていく主人公に高峰三枝子が扮し、その気品と美貌が巧みに生かされた。

96分。


● おかあさん
 父親を病気で亡くした下町の一家が、母(田中絹代)を中心に新しい生活に取りくんでいく姿を綴る。日常の小さな出来事や心の揺れが細やかに捉えられ、死や別れなどの不幸な事件も誇張されることなく静かに、しかし映画的ダイナミズムを伴って描かれ、成瀬の作品中、最も普遍的な傑作と言われている。

共演=香川京子。98分。


● 浮雲
 成瀬の代表作であり、日本映画史にその名を残す名作中の名作。赴任先のインドシナで愛し合った男(森雅之)を追って帰国したゆき子(高峰秀子)は、男の自堕落さに愛想をつかしながらも別れられず、行動をともにする。かすかな幸福と心の平穏を求める二人の姿を、戦後の喪失感とともに描き出した演出は、成瀬らしからぬ凄味さえ感じさせる。

共演=岡田茉莉子。124分。


● 女の中にいる他人
 E・アタイヤの小説「細い線」を翻案したミステリー。愛人を殺した罪悪感に苛まれる夫(小林桂樹)と、その妻(新珠三千代)との心理劇を、緻密で緊張感あふれるタッチで描く晩年の秀作。

共演=若林映子。 音楽=林光。106分。


全作品【モノクロ】