エデンへの道 ある解剖医の一日

 <スタッフより>


 7月3日から『エデンへの道 ある解剖医の一日』という映画を上映する。ハンガリーの解剖医師ケシェリュー・ヤーノシュの日常を追ったドキュメンタリーだ。当然、解剖のシーンが数分間出てくる。(出てこなかったらタイトルに偽りアリだよね。)ケシェリューら医師たちは実に手際良く遺体を解剖する。これが彼らの仕事、日常なんだなぁと感心させられる。でも私達の日常とは、かなり遠い。医師や医学生は別にして、普通に生きていてヒトの体の中を直接見ることは、まず無い。それを眼のあたりにするのは、ちょっと恐い体験だ。
 でも……と、フト考える。今ではヒトは遠い宇宙にまで旅をする。かっては空想の対象だったいくつかの惑星も、とっくの昔に神秘を失っている。知識欲なのか征服欲なのかはともかく、ヒトの欲望はたえずヒト自身から外へ外へと向かってきた。ヒトの歴史は、あらゆるものを自らの制御下に置こうとしてきた歴史でもあるだろう。けれど自然の無秩序さは、それに対して時に暴力的なふるまいをする。当たり前のことだが、ヒトはそのことに恐怖を覚える。この映画の怖さも、少しそれに似ているかもしれない。何のことはない、最も身近な自然の産物が、このヒト自身なのだ、解剖のシーンはそう告げているようだ。
 個人的には、アレコレ欲しがったり、悩んだり、ウダウダしてる自分が、こんな“モノ=物質”だったんだなぁと実感できたのが面白かった。強そうで、脆そうで、機能的で、でもムダもありそうな物質、それが俺か、と我に帰る。こんな見方は私だけかもしれないが、何だか死者を通じて生者を勇気づけるような映画になっているのは確かだと思う。
 勿論、中心にあるテーマは重いし、作り手は正面から“死”を見つめているけれど、ユーモアや見る側への優しい心遣いも感じられ息苦しくない。もし見ていて気分が悪くなったりしたら、しばらく眼をつむっていたらいいし、ロビーで休んでもいい。映画なんだから、あまり深刻に考えなくたっていいでしょう。でも見てくれた人には、きっと何かを残してくれる作品だと思う。楽な気持ちで見に来て下さい。(平野)