斬新でオリジナリティのある映画を創る「over8」第3弾です。「女の子2人が出演する」を共通テーマに、名古屋と東京4作品ずつのオムニバス。東京からは、1シチュエーションを群像劇のように描いたライトコメディ『土井さんの不幸』。上京した女の子と田舎に残った女の子が悩みを抱えつつ清々しく各々の道を選ぶ『ramify』。まちゃまちゃ出演、車内の喧騒が音楽へと変貌する『記憶という名のバスと真冬のリディム』。不倫相手を殺した自称歌手とダメ男に貢ぐタクシードライバー。不器用な彼女達への人生讃歌『やまないカーテンコール』。迎え撃つ名古屋組は、連続爆破事件をめぐり、ちょっぴりおバカでときたまキュートな超マジ暗黒活劇『街の右側』 。微動だにしない街の中ですれ違う妊婦とハーフの女の子のズレを片言の会話でドラスティックに描く『アメリカ女』。“女性”に「反」を掲げ続ける少女役を、エキセントリックな魅力を放つ少年王者舘の夕沈が演じる『月照の歌』。AV機器を通して姿を変えた森が内在化している近代都市で、女の分身達と都市の風景が揺らぎあう『ライツオブリトルタウンズ』。計104分。 『桃まつりKiss!』 『女子女子over8』公開記念イベント ※スケジュール★上映との入替はありません。 6/20(土) 「桃まつり& over8選抜監督トークショー」 6/23(火) 「名古屋4監督舞台挨拶」 6/25(木) 「NARCOライブ」 6/26(金) 「公園 西村公一さんソロライブ」 6/27(土) 「8監督+2プロデューサー舞台挨拶」 6/28(日) 「一尾直樹監督+over8名古屋監督トークショー」 6/29(月) 「『ライツオブリトルタウンズ』キャストスタッフ舞台挨拶」 6/30(火) 「『月照の歌』キャストスタッフ舞台挨拶」 7/ 2(木) 「『街の右側』キャストスタッフ舞台挨拶」 7/ 3(金) 「over8名古屋監督+川野弘毅プロデューサー舞台挨拶」 名古屋で映画を発信する。 『女子女子 over8』名古屋監督 「over8」とは2005年に東京の若手監督を中心に発足したインディペンデント映画のプロジェクトだ。現在までに3つの短編オムニバス映画が製作されている。第一弾『over8』と第二弾『裸over8』は2007年にシネマアートン下北沢で公開され大好評を博した。第一弾は名古屋シネマテーク第21回自主製作映画フェスティバルでも招待上映され、第二弾はDVDがリリースされている。 そして第三弾『女子女子 over8』は東京と名古屋の若手監督が参加し、「女子2人が主人公」をルールとする短編映画のコラボレーション企画として始動。その製作中、公開予定だったシネマアートン下北沢が突然の閉館。無数の有志による劇場再生運動も実らず、企画の進行も一時中断された。 しかし2008年の秋、東京作品の一部リニューアルを含んで装いを新たに再始動。2009年陽春に完成した『女子女子 over8』は、同年4月にシネマコンプレックス・シネマート六本木にて自主製作映画としては異例の3週間レイトショー公開を実現。予想を超える反響をえた。 第三弾は異例づくしの展開となったが、実は名古屋から完全自主製作のデジタルシネマが発信され首都圏で劇場公開されること自体、静かに素朴でありながら、そもそも稀に見る「事件」なのだ。 名古屋から映画を発信する。口にするのは簡単だ。でも首都圏以外の地域に住みながら少しでも映画に関わってみるとリアルに体感する。それはとても難しいことだ。普通はより希望のある方向にむかう。トーキョーに行く。ハリウッドを夢見る。ただしあくまで相対的に希望が残されるだけで厳しさ自体はどこにいようと変わらない。 絶望にめげず、というより絶望を絶望と思わずに生活する人もいる。名古屋で映画を発信する。名古屋から、ではなく、名古屋で。『女子女子 over8』の名古屋4作品の作り手たちは、今ここで映画を発信する人たちの姿をそれぞれに象徴している。 前衛的な演劇やパフォーマンス、ライブへの参加を通じて映像製作を続けるのは今や一つのコースだ。『月照の歌』の鎌田千香子(監督)と田中博之(撮影)は優れた映画作家であると同時に演劇の映像スタッフとして公演を数多くサポートしている。 需要の高まりから各種の教育機関がこぞってメディア系学部や学科を新設する。教員スタッフの中には育てながら育つフリーの若手クリエイターも多い。『街の右側』の酒井健宏(監督)は教育・研究の場に半身を置きつつ製作から上映、批評を通して映画と関わり続けている。 プロの映画監督を次々と輩出する国内最大級の映画コンペ(PFF)に自作を出品。栄えある入選を果たしてもホームを名古屋に置くのは『アメリカ女』の河本隆志(監督)だ。現況この地域の中長編自主製作映画の作家では奥林恒(脚本)とともにルーツ的な存在でありながらその先鋭性は十年来変わらない。 デジタルシネマの普及とともに主要各都市にわきおこる映画祭やコンテスト。入選や特集上映を経て自立を試みる姿勢もある。『ライツオブリトルタウンズ』の佐藤良祐(監督)は他地域の作家との積極的な交流から名古屋の「今」を照射することで停滞や閉塞に風穴をあける。 名古屋で。とはいえ単純なご当地主義には凝り固まらない。中京圏内の自主製作映画にはユニバーサルなテーマを扱う作品が多い。それは『女子女子 over8』の名古屋作品も同じだ。名古屋弁も名古屋嬢も手羽先もシャチホコも登場しない。そういうのは政治家さんやビルの中でスーツ着て宣伝会議する人たちに任せておけばいい。頼んでもいないのに作ってくれる。錦三丁目は働く場であって遊び場ではない。地下街は撮影の集合場所であって警備員に叱られるのを覚悟で臨むロケの現場でもある。20分といられない。 名古屋に住んでいると、わかりやすいものやオーソドックスなものは他からいくらでも入ってくる。商品としてそれを楽しみ、生活として製作に向かう。それが名古屋で映画を発信する人の流儀だ。 映画で食えたことはない。自作の本当の価値がわからない。人生につくオチは知らない。でも、一つだけ知っていることがある。ありふれた世界観をよしとせず、どこかで見たことのあるわかりやすさにあきたらず、何よりスクリーンに描かれるフクザツでフツーな人生にこそ、温かく真剣なまなざしを向けてくれる客席のみんなが、名古屋にはたくさんいることを。 「over8」第三弾は、東京と名古屋から発信されたこれまでにないスタイルの映画であり、またまぎれもなく名古屋で発信された映画でもある。ただいまと、心から言いたい。 (構成・編集=酒井健宏) |
2009
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