心中天使
●心中天使 塚本晋也、片岡礼子を主演に迎えた『溺れる人』で劇場デビューを飾った一尾直樹脚本監督第二作。一尾監督は名古屋在住。学生時代から映画製作を始め、自己存在の不確かさを一貫したテーマとして追求しています。名古屋の企業が出資し、ほぼ全編名古屋で撮影された、名古屋発信のアートフィルムです。
 現実とネットの境界が曖昧になり、内面が現実を侵食していく社会、それが現代です。両親と実家で暮し、ピアノを教えているだけのアイ(尾野真千子)。妻子と別れ新しい恋人と暮らす会社員のユウ(『夜のピクニック』の郭智博)。母親と恋人を他人事のように眺めている女子高生のケイ(ミスマガジン出身の菊里ひかり)。三人に、ある日、唐突に、ある疑問、としか呼びようのない感情が飛来します。「こんなことをしたいんじゃない。ほんとうは違う」。それは、彼らの内面にしみ込み、現実を呑みこんでいきます。今日が昨日とちがう感じ。世界そのものがちがって見える感じ。行き場のない思いが世界に充満し周囲を変えていきます……。『萠の朱雀』でも尾野と父子を演じた國村隼や、萬田久子、麻生祐未、風間トオル、内山理名らが出演し、人気アニメ『蒼穹のファフナー』のangelaが主題歌を書き下ろしているのも話題です。3月には一尾監督の旧作特集も予定してます。98分。




あの夏、天使はそこにいたのか?
 〜ロケ地から『心中天使』を見て〜
小澤佳代子(フリーライター)

 発端は2007年だった。名古屋在住の一尾直樹監督が、地元で劇場第2作を撮るということでロケ地を探していた。そこで10年程前に引っ越して以来、空き家となっていた私の生家が主人公・アイの家として使用されることになった。それから2年、詳しい事情は省かせてもらうが、撮影の日程が決まったかと思えばひっくり返り、ようやくクランクインが実現したのが2009年の夏だった。
 それまで雑誌の映画担当として現場を見聞きしてきた私は、企画から公開までは綱渡りのような作業の連続だということなど承知していたはずだったが、それでもなお本作の綱は相当細くて渡りづらいものだったように思う。とりわけ35ミリフィルムの長編を約2週間で撮るというスケジュールは、それまで耳にしたことがなかった。映画学校の生徒でさえなかなかやらないだろう超強行スケジュールの現場を私は取材で訪れた。企画の段階から一尾監督執筆の脚本を読ませて頂き、その深遠な世界観がかつての我が家で三次元的に実現している様を観られることに感謝しながら……。
 その日の取材の段取りの善し悪しなどもはや語るにあたわず、自分の生家にスクリーンで見かけた役者さんたちが居ることの感慨に浸る暇もなかった。既にスタッフ数人が余りの過酷さにダウンしており、残った者からは鬼気迫る怒号といかにも風呂が遠のいているという体臭が(失礼!)漂うばかり。はたして『心中天使』という読み方こそ違うが一見、地獄と天国が同居しているかのような作品名の一方ばかりが際立つ現場絵図だった。結局その日と翌日、そしてクランクアップ日に私は雑用係として現場を手伝わざるをえなくなった。親しいスタッフから要請があったのと、取材日の直前にこの家を建てた亡き祖父が夢枕に立って「女の人の数が少なすぎる」と言いながら、家の細い廊下を行き来する男性スタッフを心配げに交通整理していたからだ。現場に着いた時、私は祖父からのサポートと、そしてかねてから存在を信じていた「天使」がこの現場に居てくれるよう祈った。その翌日、スタッフの中に新たな脱落者が生まれた。そして過酷さも軽減することなくクランクアップを迎えたように思う。
 それから1年以上経っても公開のめどは聞かれず、楽しみにしていた試写会も都合が合わず足を運べなかったため、「あの現場に、天使は本当に居てくれたのか?」という問いを残したまま、この作品について語る材料が私の中で尽きてしまった。もちろんこの間にも、監督はじめ関係者の努力が続いていたことは言うまでもなく、そのおかげで昨年末ついに公開が決定した。
 こうして初めて作品を鑑賞させてもらう機会が訪れたのだが、「あそこの壁紙、安っぽく見えないか」とか「あ〜、ここ錆びてる」とか、既に作り手がOKを出し、観客が気にも留めていないだろう家の見え方について自意識過剰に反応してしまったのも確か。しかし、心中寸前のような現場の過酷な空気ばかりが作品に反映されてないか、何より「天使」が居てくれたかという問いに対する答えが、完成したこの映画の中にあるのかという、恐らく作り手にとっては大きなお世話な期待と不安が私の心を占めていた。
 3人の登場人物を軸に語られるストーリーは初めはなにげない日常、それが徐々に非日常へとブレていく。そのブレの終着点を予感させる一尾式のメタファーが、台詞や小道具に散りばめられていて、それらは心理学的にも、形而上学的にも、あるいは『未知との遭遇』のようなSFや神話、ファンタジーとしても解釈できる。一尾監督の意図した演出は、疲労困憊した現場の空気とは無縁の周到な出来だった。しかし、私にそれ以上の強い印象を残したのは独特のリズムだ。この映画が始まってしばらくすると、自分が深呼吸と寝息の間のような呼吸になっていることに気づく観客がいるはずだ。この瞑想状態のような深い呼吸こそ、一般的に意識をトランスさせたりシフトさせる際に必要なプロセスとされている。ストーリーを頭で解釈したり分析しなくても良い、この呼吸を感じることがこの映画を体験したことになるのだと私は思う。はたして監督は意図的にこれを演出しただろうか。私は意図せざる効果(ギフト)だと思う。そして人為的意図を超えたギフトの中に、私は「天使」の存在を見る。
 こうして無事『心中天使』には「天使」が居てくれたのだ。もちろんそれは私が呼び寄せたのでなく、一尾監督やスタッフが呼び寄せたのかもしれない。しかしそんな事どうでも良いのだ。なにしろ亡き祖父も含め、“世界の大部分には幽霊が住んでいる”のだから。


2011
2/19(土)
〜3/4(金)

13:20
15:00
16:40
18:30

3/5(土)
〜3/11(金)

12:50
16:45

3/12(土)
〜3/18(金)

10:45

3/19(土)
〜3/25(金)

15:00



前売券
一 般 1400円
大学生 1400円
会 員 1200円
当日券
一 般 1700円
大学生 1500円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1300円

※前売券販売は公開前日までです。
オフィシャルサイト

監督・脚本・編集 一尾直樹
撮影 金子正人
音楽 倖山リオ
美術 安藤伸
出演 尾野真千子、郭智博、菊里ひかり、國村隼、萬田久子、麻生祐未、風間トオル、今井清隆、遠野あすか、内山理名

2010年 98分