セルゲイ・ボドロフの世界


●自由はパラダイス  孤児ばかりが集められた収容所のような学校を再三脱走しては連れ戻されることを繰り返す少年がいる。彼の名前はサーシャ。13才になったばかりの彼が何回めざしてもたどり着けない目的の地には刑務所がある。そこにはいまだ会ったことのない父が収監されているはずだった。少なくとも死んだ母からはそう聞かされていたのだ。幾度目かの失敗の後、密航や追い剥ぎを繰り返し、彼はその場所をようやく突き止め、たどりつく。しかし、刑務所と自分を隔てる高い壁には、鉄条網が冷徹な輝きを放っているだけだった。全編に映し出される冷気そのものが、彼をとりまくすべての世界は、少年と同様、あらゆる好意から拒絶され、見放されているような印象さえ感じさせる。モントリオール映画祭グランプリ受賞など、数々の国際映画祭で絶賛され、セルゲイ・ボドロフ監督の名を一躍世界に知らしめた出世作。孤独な少年の姿を冷静かつ暖かい視点で描くタッチは、トリュフォーの『大人は判ってくれない』やカネフスキーの『動くな、死ね、甦れ!』を彷彿とさせる。75分。

●モスクワ・天使のいない夜  I wanted to see angels かつては栄光を全身に受けて戦い、レスリングのチャンピオンにさえなったこともあったが、試合中の事故で選手生命を絶たれ、今ややくざの用心棒に身を持ちくずした青年ボブ。『イージー・ライダー』のように巨大なバイクを駆って、サラトフという地方都市からモスクワへとやってきた彼の仕事は借金の取り立てだった。初めてのモスクワではすべてのことが新鮮だった。ロシアの抱えるすべての矛盾が複雑に絡み合い、犯罪というかたちで噴出する都市のダークサイドをボブは彷徨する。めくるめく都市の速度に翻弄され、忘れそうになったりもする取立ての仕事。もうひとつ気乗りがしない理由のひとつは、彼の探す相手が旧知の友人だということだ。しかも返済に困っている。ほとんどのロシア人同様自分も相手も貧しいことに代わりはなく、ボブはほんの1日だけ待つことにしてしまう。その24時間が彼の運命を大きく変えてしまうことなど少しも知らずに。絶望と希望が隣り合わせでもたれあう、アメリカン・ニュー・シネマの雰囲気漂う作風は、セルゲイ・ボドロフ監督の未知なる才能を感じさせる。85分。