桜桃の味 Taste of Cherry


●桜桃の味 Taste of Cherry
 土ぼこりにまみれて走る一台のレンジローバー。運転する中年男バディは、頼みを聞いてくれる人を探している。彼は、助手席に乗せた男たちに次々と奇妙な仕事を依頼する。「明日の朝、私は、あの木の側の穴の中に横たわっている。外から私の名前を二度呼んで、返事をしたら助け起こしてほしい。もしも無言だったら穴に土をかけてくれ」。クルド人の若い兵士も、アフガニスタン人の神学生も、この願いを聞こうとせず車を降りていく。無理もない。バディの頼みは、自殺の手伝いをしてほしいということなのだから……。
 『友だちのうちはどこ?』『オリーブの林をぬけて』のアッバス・キアロスタミの、待ちに待った最新作はこうして幕を開ける。彼が今回選んだ題材は“自殺”。しかし、自殺したい男の一日を描きながら、キアロスタミは、バディがなぜ死のうとするのか、その理由探しをするわけではない。彼の真のねらいは、生きる意味を問うことにある。なぜ生きないのか? その問いかけの率直さが見る者の心を強く捉える。第50回カンヌ映画祭で、最高賞パルムドールに輝いたのも、それゆえだろう。映画の頂点に立つにふさわしい、本当の傑作である。
 ……バディの人探しは難行する。だが、ついに初老の男バゲリが、彼の頼みを聞き入れる。自身も自殺を試みたことがあるバゲリには、バディの気持ちが痛いほどわかるのだ。その上でバゲリは言う「夜明けの空、夕焼けに染まった空を、もう一度見たくないのか?冷たい泉の水を飲み、その水で顔を洗いたくないのか?自然の四季を思い出して!あのサクランボの味を」。バディの心は揺れる。目を上げれば、そう、世界は美しい。その美しさがキアロスタミの映像を通して、我々にも、せまる。

監督 アッバス・キアロスタミ
出演 ホマユン・エルシャディ アブドルホセイン・バゲリ ほか
97年 98分