市川崑・増村保造の世界


●市川崑
 1915年三重県宇治山田市(現・伊勢市)生まれ。旧制中学中退後、画家を目指し画塾に通う。その頃ウォルト・ディズニーのアニメ『シリー・シンフォニー』シリーズ('29年〜)を見て映像に興味を持ち始める。そして伊丹万作監督の『国士無双』('32)を見、志望を映画界に向ける。'33年、知人の紹介で発足したばかりのJ・Oスタジオ(後の東宝)に入社。トーキー漫画部に所属することになり、アニメの下絵描きなどをする。そのころ「週刊朝日」の実話小説募集に入選。この応募に本名の儀一を使わず、崑としたことにより今に至る。'39年東宝の撮影所で中川信夫監督らの下で、助監督をする。'47年東宝争議のさなか同社の製作部門として設立された新東宝に移り、'48年『花ひらく』で監督デビュー。同年、後に脚本共作者となる和田夏十と結婚。'51年東宝に移籍。『プーサン』('53)などの風刺喜劇で力を発揮する。'55年日活に移り『ビルマの竪琴』などを撮り、その後大映に転じ、『炎上』('58)『鍵』('59)『野火』(同)『おとうと』などの傑作群を発表。'65年『東京オリンピック』を監督。“記録か芸術か”の物議をかもしたが、「カイエ・デュ・シネマ」誌では大絶賛された。最新作は『八つ墓村』('96)である。

●増村保造
 1924年山梨県甲府市生まれ。甲府中学から旧制第一高等学校、東京大学法学部と秀才コースを歩む。'47年アルバイトのつもりで受けた大映の助監督募集に合格するが、東大文学部哲学科に再入学。仕事も両立させて、'51年卒業。'52年ローマの映画実験センターに送った論文が認められ留学する。そこで、イタリア語による「日本映画史」を書く。'55年に帰国し、溝口健二監督の『楊貴妃』('55)『赤線地帯』('56)や市川崑監督の助監督をつとめる。'57年『くちづけ』で監督デビューし、脚光を浴びる。また、『青空娘』('57)『暖流』(同)と傑作を連発し、'58年の『巨人と玩具』(開高健原作)では、役者にセリフをホークスの『ヒズ・ガール・フライデー』ばりに早口で喋らせ、当時の日本の社会機構を痛烈に批判し、増村の名を映画界にとどめた。その後も『偽大学生』('60)『黒の試走車』('62)『陸軍中野学校』('66)などで個人と組織の問題に鋭く切り込み、また、『妻は告白する』('61)『夫は見た』('64)『卍』(同)では男対女に限らず人間同士の愛欲憎悪の世界を深く追及した作品を監督。'86年、脳内出血で死去。早すぎる死であった。

●炎上
 三島由紀夫の「金閣寺」の映画化。金閣寺(映画では驟閣寺)に深い憧憬を示す学生僧(市川雷蔵)は、住職(中村鴈治郎)の俗物ぶりや寺の観光地に成り下がった姿に対し、次第に自己観念を増幅させていく。金閣寺の“絶対美”に対する“人間”の生々しい姿を鋭く描いた傑作。雷蔵初の現代劇。宮川一夫の白黒撮影は見事という他ない。他に中村玉緒出演。96分。
●からっ風野郎
 裸の上半身に皮ジャンパーをまとってイキがる、うっ屈したヤクザ男の生態を、増村保造に徹底的にシゴかれながら三島由紀夫が見事に演じた問題作。三島に抱かれ妊娠する女に若尾文子。他に船越英二、志村喬出演。愛と暴力の96分。
●鍵
 わいせつ性で問題になった谷崎潤一郎の同名小説の映画化。初老を迎えた地位ある男とその妻、さらにその娘と恋人の医師の4人の奇妙な関係が官能的に描かれる。市川崑の最も脂ののっていた時期の作品で、ブラックユーモアの切れ味も抜群。107分。
●盲獣
 江戸川乱歩のマゾヒズム小説を白坂依志夫が脚色した異色作。男女を問わず人間の本性を強烈に暴き出してきた増村保造。この作品では、セット一つに三人の登場人物を配し、極限状況での倒錯した性の有様をアッと思わせる美術を用いて描く。84分。
●妻は告白する
 増村=若尾コンビの代表作。夫と自分の愛人との三人で登山中、滑落事故が発生。夫と妻がロープに宙吊りに。下にいた夫のロープを妻が切り落としてしまう。円山雅也の「遭難・ある夫婦の場合」を原作に、日本的な束縛に絶えてきた女の他の男との情交を契機とする情念の爆発を、激越に描く。91分。
●満員電車
 人間の溢れた日本。大学を卒業した茂呂井民雄は駱駝麦酒に入社。ある時、父から母が発狂したと連絡。しかし民雄の目の前に母が現れ父が発狂したと言う。会社に行けば神経を使い白髪に。市川流スラップ・スティック・コメディが炸裂。99分。
●女経
 村松悄風の同名小説を元に、男を手玉に取る女が見せる“善”の本性を増村、市川、吉村公三郎監督が描くオムニバス。それぞれ、若尾文子、山本富士子、京マチ子と綺麗どころを揃え、三大監督が三大スターで三つの愛欲物語を華麗に魅せる。102分。
●足にさわった女
 美人スリの京マチ子、スリ係の刑事ハナ肇、小説家の船越英二、女万引の杉村春子などがからみあって繰り広げられる増村にしては珍しい軽妙なタッチの喜劇。阿部豊、市川崑に次ぐ三度目の映画化で脚本は市川と和田夏十。86分。
●卍
 弁護士の夫を持つ人妻が、若い女の魅力の虜となり同性愛に陥る。そこに女の恋人の青年が絡み夫を交えて奇妙な人間関係と倒錯したセックスの世界が描かれる。“恥も外聞もなく欲望を表現する狂人”たちが響宴する姿を増村は肯定的に力強く演出する。若尾、船越、岸田今日子、川津祐介競演。91分。
●「女の小箱」より夫が見た
 大企業の課長を夫とする妻は淋しさからバーの経営者の男と結ばれるがその男は妻の夫の会社を乗っ取ろうとする策略家だった。うず巻く欲望と利害、ぎりぎり状態での暗いかけ引き。増村お得意のハイパー愛憎劇。93分。