パレルモ・シューティング
●パレルモ・シューティング Palermo Shooting ヴィム・ヴェンダース(『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』)が、故郷デュッセルドルフとパレルモを背景に撮影フィルム全篇にデジタル変換加工を施すというヨーロッパでの新たな映像のボーダーを越えた壮大な未公開傑作。急逝したデニス・ホッパー、ルー・リード、ミラ・ジョヴォヴィッチら、ヴェンダースの友人も豪華出演!
 フィン(カンピーノ:パンクバンド「ディー・トーテン・ホーゼン」)は、アートからモードまで手がける成功した写真家。デジタル処理によって現実を転換し、新しい世界のイメージを創出し発信している。疾走するクルマから風景を撮影していたある日、偶然、見知らぬ男(D・ホッパー)を写真に収めてしまう。以前から夢に苛まれ眠れなくなっていたフィンは、ミラ(本人)との仕事でイタリアへと向かう。陽光の陰影がきらめき、生き生きしたその街で、壁画の修復をするフラヴィア(ジョヴァンナ・メッゾジョルノ『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』)と出会う……。108分。


『パレルモ・シューティング』
私たちの自由は常に、私たちの中にある
樋口泰人(映画評論家/boid主宰)

 I'm confused. そんなセリフを『パレルモ・シューティング』の中で、主人公は何度か呟いていた。珍しくも何ともないそんなセリフが妙に気になるのは、『アメリカの友人』の中でも同じセリフがデニス・ホッパーによって何度か呟かれていたからだ。
 確かその時ホッパーは、ニコラス・レイが演じる贋作画家がアパートの窓から見下ろすその先の、作りかけの高速道路の欄干の上をよろよろと危なっかしく歩いていたはずだ。いや、もはやそれは私の好い加減な記憶の中にだけある光景なのかもしれない。目の前にある普通の道を普通に歩いていたはずなのに気がつくと危うく道を外れかけ、まさか自分がそんな場所に立ってしまうとはと、思いもよらぬ自分の現在にうろたえるばかり。
 そんな男たちの頼りない足どりが作り出すヴェンダース映画の風景は、記憶の中で静かに増幅されていく。
 『パレルモ・シューティング』の主人公が作り出すアナログ撮影写真のデジタル合成作品は、どこかそんな記憶の増幅と似てはいないだろか。一枚の写真の中で時間の変化を表現したいのだと彼は言う。ひとつの現実があり、それに基づく記憶の広がりと集積がある。彼の作品はそんな記憶の広がりにアクセスする。もちろんそれもまた道を踏み外すことになることは、『夢の涯てまでも』が証明してくれるだろう。
  だがもちろん、私たちはそこに踏み込まざるを得ない。間違っていようとダメになろうともはや後戻りのできない場所に、私たちは立たされているのだ。死は終わりではなく出口なのだと、デニス・ホッパー扮する“死神”が言う。誘いの魔の手はいつも魅力たっぷりだ。私は通路なのだ。だから怖れるなと。増幅された記憶の広がりと厚みの中で、私たちは窒息寸前でもある。だからその先へと焦るばかりで、さらにデジタル加工は更新されていく。出口としての死もまた、増殖するばかりである。死の甘い囁きはいつも、迷いやためらいを忘れさせようとする。
 ヴェンダースの主人公たちはだからこそ、困惑する。迷い、戸惑い、しかしある時もはや自らの判断を超えた場所で、何かを決断するわけだ。死ではなく港へ!
 パレルモはギリシャ語で"港"の意味なのだという。私たちを魅惑してこの窒息感や貧困や不条理からの脱出を囁きかける死と繁栄と豊かさへの導きではなく、人々が歴史とともに暮らす、つまり記憶が増幅されることなく現実として目の前にあり、過去や未来がそれぞれひとつの形となって存在する港。私たちはそこにゆっくりと停まればいい。そこでは時間はゆっくりと過ぎていく。それはもはや前に進むことを諦めたことではなく、過去に戻ることを選んだということでもなく、前に進むことを目指すことが私たちを前に進めるわけではないということを、静かに、しかし決然と語り始めることなのだ。
 港へ行こう! そこでは思わぬ困難が待ち受けているかもしれないが、思わぬ出会いもあるかもしれない。不意に過去が顔を出し、未来が視界を遮り、私たちを動揺させるかもしれない。アナログでもデジタルでもOK。35ミリと16ミリ・フィルムで撮影されてデジタル合成された『パレルモ・シューティング』はそう語りかける。記憶を増幅させるためではなく、この現実の視界を広げ、そこに過去や未来を呼び寄せるため、つまり自身が港になるために、それらはある。つまり私たちの自由は常に、私たちの中にあるということだ。未来でもなく豊かさでもない、今この場所にこそ自由はある。だからビンテージ・カメラでとらえられた映像は、いつの日か当たり前のように3D映像と手を結ぶだろう。私たちはそんな世界に住んでいる。そこが私たちの生きる場所だ。パレルモは日本でもある。私たちは港にいる。時間はゆっくりと流れる。恐れることはない。『パレルモ・シューティング』は、そんな晴れやかな視界をもたらしてくれる。

 ※9/18日日 4:00 の回は、樋口泰人さんが舞台挨拶を行います。


2011
9/17(土)
〜9/23(金)

16:00
20:05

9/24(土)
〜9/30(金)

12:20




前売券
※前売券販売は9/16(金)までです。
一 般 1400円
大学生 1400円
会 員 1200円
当日券
一 般 1700円
大学生 1500円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1300円

※当館窓口にて前売券をお求めの方に、オリジナルカードをプレゼント中です。(数量限定)
オフィシャルサイト

監督・脚本・製作 ヴィム・ヴェンダース
製作 ジャン=ピエロ・リンゲル
プロデューサー ジェレミー・トーマス、ペーター・シュヴァルツコフ
制作主任 マルコ・メーリッツ、ジャンフランコ・バルバガッロ
撮影 フランツ・ラスティグ
美術 セバスティアン・ソウクプ
編集 ペーター・プルツィゴッダ、オリ・ヴァイス
衣装 ザビーナ・マグリア
オリジナル音楽 イルミン・シュミット
音楽監修 ミレナ・フェスマン&ベックマン
共同脚本 ノーマン・オーラー
キャスト カンピーノ、ジョヴァンナ・メッツォジョルノ、デニス・ホッパー、インガ・ブッシュ、ヤナ・パラスケ、アクセル・シクロフスキ、ゲアハート・グートベアレット、セバスティアン・ブロンベルク、ヴォルフガング・ミヒャエル、アンナ・オルソ、ウド・ザメル、ジョヴァンニ・ソリマ、アレサンドロ・ディエリ、ミラ・ジョヴォヴィッチ、ルー・リード 他

2008年 97分