グッド・ハーブ
●グッド・ハーブ Las buenas hierbas 経済・文化がグローバルに共有されている中、躍進めざましいラテン・アメリカ映画から、まるで一人ひとりに贈られるような個性ある傑作が生まれた。
 シングル・マザーのダリア(ウルスラ・プルネダ)はメキシコシティの美しい大学都市コヨアカン地区(フリーダ・カーロ、アンドレ・ブルトン、トロツキーも定住。)のラジオDJ。その母ララ(オフェリア・メディーナ『フリーダ・カーロ』)は、広大な薬草園を持つ植物学者であり、伝説的な呪術師マリア・サビーナ(J・レノン、M・ジャガー、B・ディランらが信奉。在命中のドキュメンタリー映像で本人出演!)の瞑想と治療を伝承し、様々な種のハーブに彩られる暮らしをダリアや孫に教えている。同時代をどこか潔く生きる人々が、恋愛や家族問題など、ふと立ち止まる瞬間を、感覚豊かに描き出していく。120分。



『グッド・ハーブ』
映画との出会いは偶然であり、必然なのだ
比嘉世津子(Action Inc.代表)
 私が人生を踏み外したのはメキシコだった。今から30年前、21歳の時、1年間いた田舎町の上映会で、ルイス・ブニュエルの『エル』を観たのだ。あのラストシーン。ひとりの修道士が道を歩いて行く後ろ姿。あの背中、歩き方で、あんなに背筋が凍りついたことはなかった。「何なんだ、この映画は?」これと比べたら中学生の時に観た『エクソシスト』(古い!)なんて、ちっとも怖くないじゃないか。映画ってすごいじゃないか! と。
 こんなことを考えたのは、先日、朝日ニュースターの「学問のすすめ3」という番組を偶然、観たからだ。西部邁、佐高信両氏が、『大鹿村騒動記』の阪本順治監督と脚本の荒井晴彦氏を交えて、日本映画を語るという趣旨だった。
 「映画に目覚めたのは、どの作品だったか」という質問に、2人とも大島渚のデビュー作、『愛と希望の街』だと答えた。
 映画はこんな終わり方もできるのかと思った、と、阪本監督が、つい昨日のことのように話せば、荒井氏も、観たら考えざるを得ない映画に可能性を感じた、と語っていた。
 全く違う時空間で観た2人が、数十年たって出会い、互いに同じ映画に影響を受けたことを初めて知った時の、照れくささにも似た雰囲気が、何だか羨ましかった。映画とは、かくまで人の奥深くに生き続けるものなのか、と。
 それで思わず、ブニュエルを思い出したのだ。メキシコ時代の作品は『皆殺しの天使』や『昇天峠』を初め、どれもぶっ飛んでいるのだが、『エル』は、ラテンアメリカで今でも頻繁に使われる“第七藝術”という言葉を初めて、体感した気がした映画だった。
 メキシコ時代のブニュエル作品から、次第にラテンアメリカ映画に食指を伸ばし、気がつけば配給までし始めた私にとって、『エル』を観なければ、人生は全く違うものになっていただろうと思う。  映画との出会いは、偶然であり必然なのだ。人も映画も縁があれば、必ず出会える。観たい映画を観ていればきっと。だが最近では「映画で失敗するのはイヤだ」という声を聞く。あなたねえ、映画ぐらいで“失敗”なんて、人生の選択はどうするのよ! と老婆心ながら気になる今日この頃。まるで、挑戦するかのごとく買い付けを決めたのが、今回のメキシコ映画『グッド・ハーブ』だ。
 初めて観たのは2010年の3月、メキシコのグアダラハラ映画祭。久しぶりに『エル』とは違った意味で、衝撃を覚え、劇場から出て、しばらくボ〜っとしていた。映画祭で8部門受賞したが、時をおいて、もう一度、スクリーンで観たいと思った。買い付け候補作に入れながらも、本当に縁があるのかどうか、試すような気持ちだった。その結果、なんと、同じ年の12月、ブエノスアイレスで行われたフィルム・マーケットのオープニング作品として再びスクリーンで出会えたのだ。
 メキシコの先住民たちが祖母から母、そして娘へと代々伝えて来た薬草を研究する母ララと漂うように生きるシングルマザーの娘ダリア。ゆったりとした音楽、緩やかに進む時間の中で、アルツハイマー型認知症と診断されたララは、ダリアに薬草の研究を託す。母と娘の間にある微妙な距離感は、母の病の進行とともに薬草を介して少しずつ近づいて行く。そして初めて知る母の秘密……。
 母と娘の物語は数々あれど、これほど細やかで現実味のある描き方ができるのは、女性監督であり、母を認知症で亡くしたノバロ監督の想いがあるからだ、と思った。(パンフにインタビューあり!)母であり祖母でもあるノバロ監督は、メキシコ特有の死生観や女性たちのつながり、政府無認可のコミュニティラジオ、庭の植物から、部屋のキャンドルやインテリアまで、母娘をとりまくあらゆる要素を集約して、ラストシーンへとつないでいく。静かに、穏やかに……。
 久々に本来のメキシコ映画を観た気がした。米国に売るために、麻薬や不法移民をテーマにした作品が多い中で、唯一、毅然とした映画だと思った。もう迷わない! これは日本の人々に、ぜひ、観てほしい! と買い付けた。
 そして今回、名古屋シネマテークが皆さんとの間に、縁を作って下さった。今の日本が息苦しいと思ってらっしゃる方、シネコンの映画に飽き足らない方には、ぜひ、劇場で、この縁をつむいでいただければ、と願わずにはいられない。
 (☆『愛と希望の街』『エル』ともDVDが出ています)



2011
10/8(土)
〜10/14(金)

13:45

10/15(土)
〜10/21(金)

10:45

 

当日券
一 般 1500円
大学生 1400円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1200円

オフィシャルサイト

監督・脚本・製作 マリア・ノバロ
撮影 ヘラルド・バロッソ
音楽 サンティアゴ・チャベス、フディス・デ・レオン
出演 オフェリア・メディーナ、ウルスラ・プルネダ、アナ・オフェリア・ムルギア、コスモ・ゴンサレス・ムニョス 他

2010年 120分