プリピャチ
●プリピャチ Прип’ять 食糧生産現場を斬新な眼差しでとらえた傑作『いのちの食べかた』のドキュメンタリー映画監督ニコラウス・ゲイハルターの秘蔵の衝撃作。チェルノブイリ原子力発電所から4km圏、依然として高線量ゾーンである死の街、プリピャチ。事故から13年後、世界を震撼させた4号機を葬った石棺の間近で稼動中の3号機を訪れ、科学者や管理者のことばに耳を傾ける。彼ら原発労働者たちの住宅都市だったプリピャチは廃墟と化し、今では自然の中に溶解しつつある。そしてまた、豊かな河川と森が多くの恵みをもたらしたこの地から離れることを拒み、生命を全うする老人たちがいる……。とぎ澄まされたモノクロームでうつし撮られた自然の威力とストイックな静寂から、想像を絶する残酷な事故に巻きとられてしまった個人の記憶の重さに息を呑む。原発事故後の世界を「映画」から照射した必見の傑作。100分。



「それから…」のドキュメンタリー
     スタッフ:平野(H)、仁藤(N)

 『プリピャチ』は、チェルノブイリ原発から約4キロ離れた所にあるプリピャチという街を舞台にしたドキュメンタリーです。ここは立ち入り禁止区域になっていますが、原発の労働者や、許可を得て帰宅した人たちが暮らしています。監督は『いのちの食べかた』のニコラウス・ゲイハルター。私は、まだ見ていないのですが……。
 福島原発震災以降、科学や環境、政治、経済、医療からの視点で、原発の安全性を問いかける作品が続々公開されていますが、『プリピャチ』はむしろ、『リトアニアへの旅の追憶』(ジョナス・メカス 1972年)や『ストーカー』(アンドレイ・タルコフスキー 1980年)のような傑作と言いたいです。
 それはスゴイですね。
 タルコフスキーはチェルノブイリ事故以後を予感したかのような錯覚をさせるだけでなく、メカスもですが、亡命者のホームシックネスが漂っていますよね。
 現在のプリピャチは、人類が消えた土地に鳥獣が流入し、伐採や化学物質のない理想的な生物多様性の食物連鎖が生まれた、と聞いたことがあります。むろん放射線量は通常の数千倍以上の汚染ゾーンですが。
 皮肉な現実ですね。映画もそういうシニカルな視点で描かれるのですか?
 例えば土本典昭監督の『水俣─患者さんとその世界』に、水俣で蛸漁を営む尾上さんというお爺さんが出てきますよね。16oカメラにうつる透明度の高い不知火海に蠢く磯の蛸。でも海は有機水銀に汚染されている。そのことを尾上さん自身も知ってはいるが、漁を続けている。土本監督は、それを面白いことだと感じたでしょうが、シニカルではなく、むしろ哀れみの視線を跳ね返すように編集されていると思います。『プリピャチ』も、ディストピアにいるような悲惨さを描いてはいません。取材というより、ロシア国家から隔った場所で、原発と人間についてのお話をたくさん聞かせてもらっているような。
 たしかに『いのちの食べかた』も、食品工場の様子を黙々と映し出すことで、見る側の心の中に何かを生み出そうとするようなスタイルでした。
 余談ですが、『プリピャチ』には、映画の中から見る側を見返してくる奇妙な視線があるのです。ホントです!「不思議の国のアリス」のチェシャ猫のような……。ぜひ見つけてください!
 観客の側にも映画を見たことの責任がある、そうチェシャ猫が言っていたりして。いや、そんな大袈裟な話じゃなくて、見ることの発見から、各個人が紡いでいくものはありますね。それを求められる映画は楽しいと思います。
 楽しくもあり、息詰まる瞬間も。放射能検査官が廃墟と化したかつての社宅へ撮影隊を案内します。彼女にとって、今も割り切れない記憶がフリーズした場所ですが、街路を覆って繁る枝葉を払いながら進むうち、家族の待つ家路を急ぐように、舗道を踏みしめる音が刻々と弾んでいくんです。正直、カメラマンだけでなく、見る方も何だか高まっていきますね。先程のホームシックネスに戻るんだけれど、これは現実を踏み越えた、カメラとマイクがとらえる記憶の場所への帰還なのだ、と。
 先日TVのニュースで警戒区域を解除された福島の住民が「やっぱり家で食べるご飯は美味しいねぇ」と言っていました。見ると、食べているのはカップ麺なんです。それでも、生活の記憶が貼り付いている場所で食べると全然違うんだろうなと切実に思いました。
 記憶ということで言うと、夏に公開予定の『相馬看花─第一部 奪われた土地の記憶』も素晴らしい作品です。『311』の監督の一人、松林要樹が、南相馬で出会った人達の話を聞いていくドキュメンタリーですが、個人の記憶と土地の記憶が重層的に織り上げられています。福島第一原発が建つ前、そこはどんな土地で、なぜ原発になったのかという興味深い話も出てきます。
 震災直後そのものの混沌をうつしとる『311』を超える作品でしょうかね。
 また5月に上映する『friends after 3.11』も見逃せません。震災と原発の事故は、これまでフィクションを撮ってきた監督たちにも大きな影響を与えたようですが、これは岩井俊二監督の新作です。彼自身が幾人かの友人を訪ねてインタビューをしていくのですが、中でも仙台出身の岩井監督が郷里に帰り、旧友と被災地を巡るシーンは、とてもいい。ぜひ見てほしいです。
 ドキュメンタリー映画の表現の変貌を目撃するっていう意味でも。



2012
5/19(土)
〜5/25(金)

10:30
16:40

5/26(土)
〜6/1(金)

15:15

 

前売券
※前売券販売は5/18(金)までです。
一 般 1300円
大学生 1300円
会 員 1100円
当日券
一 般 1500円
大学生 1400円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1200円

 
オフィシャルサイト

監督・撮影 ニコラウス・ゲイハルター
出演 オリガ・グリゴリエヴナ・ルドチェンコ、アンドレイ・アントノヴィチ・ルドチェンコ、ニコライ・ニコラエヴィチ・スヴォーロフ、ジナイーダ・イワノヴナ・クラスノジョン、マリヤ・ブルカ 他

1999年 100分