隣る人
●隣る人 とある地方の小規模な児童養護施設「光の子どもの家」を8年にわたって取材したドキュメンタリー映画。ここでは離婚、病気、災害や事故、虐待など様々な事情で家族による養育が困難となった子どもたちと一対一の親代わりの関係を結ぶ保育士たちが生活している。生意気なムッちゃんと甘えん坊のマリナ、ふたりが競ってとり合う施設の「お母さん」マリコさん。3人をとらえる取材者ももうひとりの隣る人となり、静かに日々を刻んでいく。寒い朝にはおみおつけの香りとお菜を刻む音から一日が始まり、喧嘩をすれば叱られ、甘えれば抱きしめられる。家族がそこにいる、ささやかな関係性を少しずつとり戻していく子どもたちと見守る家族(保育士たち)の揺れる感情が、奇跡のような鮮やかさで情感豊かに綴られる必見の感動傑作。85分。


初日舞台挨拶決定!
刀川和也監督と出演された菅原哲男さん(『光の子どもの家』理事長)が来館されます。
舞台挨拶は、10:30と16:30、いずれの回も予定しています。



『隣る人』 家族を生きることの物語
  鈴木 創(シマウマ書房 店主)

 映画はこの上なく静かに、地方の町の朝焼けの風景から始まる。一般的な家庭の台所で、母らしき人の手が朝食の支度をしている。向こう側には障子の壁面とダイニングテーブル。しかし、その奥に見えるドアの上には緑色の四角い「非常口」の誘導灯が光っていて、この場所が家庭ではなく、何らかの公共施設であることがわかる。「光の子どもの家」という児童福祉施設、昔の呼び方でいうならば孤児院。さまざまな事情で親と離ればなれになった子供たちが、保育士と共に暮らしている。
 刀川監督は、海外の戦地や発展途上国の取材をしてきたジャーナリスト。豊かなはずの日本に戻るたびに、閉塞感に覆われた重苦しい空気、とくに子供の虐待のニュースに接するなかで、「家族とは何か」ということを再考するようになったという。
 「隣る人」とは、この施設の創設者の菅原哲男氏による造語で、子供の存在を丸ごと受け止める大人の存在のこと。一般の家庭であれば当たり前ともいえることではあるが、家族という枠から振り落とされ、逃れるようにしてこの場所にやってきた子供たちに対し、それを実践して共に生きていくことがいかに大変なことか、在りのままの日常をカメラは淡々と映し出していく。
 この作品の重要な場面の一つに、マイカという女の子が、大人の側の一方的な都合によって、本当の母親のように慕っていた保育士と引き離される、悲痛な別れのシーンがある。こうした出来事に対して、大人たちは、すごく辛いけれど仕方がないよねと諦めることを知っている。しかし、子供は違う。マイカは大泣きして絶叫するだけでなく(その映像はなかったが)吐き出してまで食事を拒否し、タンスの服をすべて出してばらまき、庭の砂をダイニングに撒き散らしたという。
 もっとも、外の世界においても、会社の都合でいきなり父親が単身赴任を余儀なくされたり、転校によって友達と切り離されることはある。さらには病気や事故による死別、また震災や戦争、テロによって親を失う子供たち。こうした理不尽な、子供たちにとっての大きな悲しみというものが、事実として世の中には沢山あるし、きっとこれからもあり続けるだろう。
 そうしたことについて、「隣る人」として共に生きようとする大人たちも、決して確固たる答えを持っているわけではない。こうしてはどうか、これは間違っているだろうかという問いだけを抱えて、日々苦悩しながら子供たちに向き合っている。
 彼らの中心である菅原先生でさえ、なぜ理不尽な悲しみが私たちを苦しめるのか、子供たちに上手く説明することができない。なんとか自分の考えを伝えようと話が空回りするうちに、真面目に聞いていた子供たちの集中力は途切れ、ふざけて笑い出してしまう。むしろ、そんな子供たちの無邪気さに、大人たちのほうが救われているのかもしれない。この映画のなかでは、子供も大人も泣きながら笑い、笑いながら泣いている。それがとても人間らしい。
 一日の終りの布団のなかで、保育士が読み聞かせをする場面が何度かあった。『ピノキオ』の「お前が本当の子供だったらいいのになぁ」というゼペット爺さんの台詞、『三匹のこぶた』のレンガを積み上げていけば、どんな強風にも壊れない家ができる、といった箇所が耳に届いた。当然、監督は作品のテーマに絡めて意図的に抜き出しているはずだが、そうした抜粋が可能なほど、古い童話のなかには、今に通じる世の中のあらゆる物事がすでに書かれているということをあらためて感じた。そして同時に、子供だけでなく、読んでいる大人も、日常の困難を少しだけ離れて、物語の世界に共に身を委ねているようにもみえた。
 子供たちは半分まぶたを閉じながらも、もう終り? とその先をせがみ、続きはまた明日ね、と約束して眠る。このように約束を共有することこそ一緒に生きている証であり、「隣る人」として彼らと同じ物語を生きることなのではないだろうか。
 十歳になったムツミに「お誕生日おめでとう」と言った後、泣きだして言葉に詰まる保育士のマリコさん。心からの、大好きだよという思いを伝えるために、搾り出すようにして選んだのも「ずっと一緒にいようね」という約束の言葉だった。
 映画の冒頭とリンクする、ラストシーンも静かで美しい。この作品には一切BGMが使われていないが、それを物足りなく感じることは最後まで一度もなかった。




2012
7/21(土)
〜7/27(金)

10:30
16:30

7/28(土)
〜8/3(金)

12:30

8/4(土)
〜8/10(金)

14:10

 

前売券
※前売券販売は7/20(金)までです。
一 般 1400円
大学生 1400円
会 員 1200円
当日券
一 般 1700円
大学生 1500円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1300円

 
オフィシャルサイト

監督・撮影 刀川和也
企画 稲塚由美子
撮影・プロデューサー・構成 大澤一生
撮影 小野さやか
編集 辻井潔
プロデューサー 野中章弘

2011年 85分