ル・コルビュジエの家
●ル・コルビュジエの家 El Hombre de al Lado 椅子のデザインで一躍、世界的に有名になったアルゼンチンのインダストリアル・デザイナー、レオナルド(ラファエル・スプレゲルブルド)は、ブエノスアイレスの州都ラプラタで念願の邸宅を手に入れる。モダンなその家は、現在、アメリカ大陸に唯一残るル・コルビュジエ設計の個人邸。リスペクトのない妻子や協調性に欠けるアート志向の友人たちに囲まれながらも満たされた日々をおくっているが、ある日、隣家から不穏な音が響き始めた……。どこに住もうと、隣人は選べない。ビターな現実を実感できる本作品の監督は、アート・フィルムを数々手がけ受賞歴も多い気鋭の共同監督、ガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーン。本作品は、普遍的な隣人関係を描くが、建築家ル・コルビュジエの実在する「クルチェット邸」を舞台にしたリアルな着想の相乗で、世界的なヒット作となり、国際映画祭でも高評価される。アートと社会的なコミュニケーション、その双方から深く問われる傑作だ。103分。



『ル・コルビュジエの家』
  仁藤由美(スタッフ)


 アルゼンチン映画『ル・コルビュジエの家』は、見る者を物語からふわっと舞いあげ浮遊させる、なんとも不思議な感覚の作品です。劇としてのお話については、隣人の間で起こる滑稽でもの悲しくもあるストーリーを実際に見ていただくとして、この浮遊感について考えてみたいと思います。
 現在の私たちの暮らしは物質面で満たされている点で豊かではあるものの、精神的な配慮を要するできごとに突き当たったとき、対応している相手ばかりでなく自分自身にも少なからず歪みを感じることが誰にでもあると思います。社会が高揚かつ安定しているときは、そのような歪みをゆっくりと修正していく時間があり、あるいは気づかないふりをして忘れてしまうことで社会に同調し、ますます高揚していくということもあるでしょう。今、アルゼンチンと共通する社会の不安定要因をあげるとすれば経済問題、不況です。けれども、本来、貧富の格差と個々の精神のありようは無関係であり、たとえ現実がそうではないとしても、そうあってほしいと考えられてきたものです。よく言われる、社会全体が閉塞した情況とは、むしろ、経済の歪みが精神にまで反映されてしまうことを、割とあっさり受けいれてしまった社会に生きていると感じとることではないでしょうか。
 『ル・コルビュジエの家』は、20世紀を代表する建築家でありデザイナー、ル・コルビュジエの設計した「クルチェット邸」で撮影をしたことにより、隣人関係を描くソーシャルな問題から映画を解き放ったような浮遊感を生みだしています。ふわっと舞いあがる、なんて言われてもよくわからないかと思いますが、最近、出版された小説がこのことを解き明かしているように感じました。その小説とは、ジョン・ヒューストン監督『火山のもとで』(1984年/原作:マルカム・ラウリー)を思い起こさずにはいられない書名の「火山のふもとで」(著・松家仁之/新潮社刊)です。
 時間を30年前へと巻きもどすこの物語の語り手は、建築事務所に入所したばかりの建築家志望の青年です。青年が所属する在京の村井設計事務所が避暑の作業所に使う、活火山浅間山のふもとに建つ「村井山荘/夏の家」が、物語の主な舞台。1982年、夏の早朝、青年の記憶は、事務所の代表者である村井先生が玄関の引き戸の心棒を抜いている、ひかえめなくぐもった音からはじまります。ヒューストンというより、ビクトル・エリセの映画『エル・スール』のよう(な小説)ではありませんか!
 山荘の事務所には、国立現代図書館の設計コンペティション参加の活気とともに身のひき締まる緊張感が漂い、新入りの青年はういういしい視線で日々のまかないの楽しみや建築家について語り始めます。
……カリカリ、サリサリ、ステッドラーの鉛筆を削る本文中の音にも似た細心さで写されるのは個性的な同僚の建築家たちだけではありません。フランク・ロイド・ライトに師事した村井先生の経験から、小説そのものがいとも軽やかにライトの晩年へと移っていきます。また、公共建築のコンペに集中するこの事務所の現在が、世紀初頭にマルティン・ニーロップが設計したコペンハーゲン市庁舎の仕事に重なり、やがて図書館の書棚のディティールを任された青年は、ストックホルム市立図書館を設計したグンナアル・アスプルンドの別の傑作「森の墓地」へと思いをはせるのです。
 実在した建築家たちの芸術作品の背後に隠れる精神と理想は、いつしか小説の中でのみ生きる青年と同僚の建築家たちの存在とからみあい、読んでいる間、幾度もまるで現実を再現したノンフィクションを読むかのように錯覚させられました。それこそが浮遊とでも呼びたい感覚です。バブルの時代を背景にしながら、バブル小説ではなく、経済や政治が主導する時局とは別の位相で構築された物語なのです。
 『ル・コルビュジエの家』も、対照的にみえるふたりの隣人を社会的格差で描かず、彼らの精神の格差を問いかける、今どきめずらしい、つまり鋭く斬新な映画です。主人公レオナルドは、実在する「クルチェット邸」に住む設定ですが、何年住んだとしても、所有者「レオナルドの家」ではなく「ル・コルビュジエのクルチェット邸」と呼ばれ続けることでしょう。映画の中には時おり、正面の広場からドミノ構造と連続窓が印象的なこの邸宅にみとれる観光客が映り込みます。幸せそうなその表情は、対価によってこの邸宅を所有するレオナルドと、精神によってこの素晴らしい邸宅をひととき所有することにどれほどの格差があるのかということを深く考えさせるのです。



2012
11/17(土)

12:30
19:45

11/18(日)
〜11/23(金)

12:30
19:20

11/24(土)

16:30

11/25(日)
〜11/30(金)

10:30

12/1(土)
〜12/7(金)

15:40

 

前売券
※前売券販売は11/16(金)までです。
一 般 1400円
大学生 1400円
会 員 1200円
当日券
一 般 1700円
大学生 1500円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1300円

オフィシャルサイト

監督・撮影 ガストン・ドゥブラット、マリアノ・コーン
脚本 アンドレス・ドゥプラット
製作 フェルナンド・ソコロウィッツ
音楽 セルヒオ・パンガロ
出演 ラファエル・スプレゲルブルド、ダニエル・アラオス 他

2011年 103分