ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ
●ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ 絵本作家でエッセイストの佐野洋子が100万回死なない猫の数奇な運命を描いた「100万回生きたねこ」は、世代を越えて読みつがれる傑作だ。幼い頃、自身も母から読み聞かせてもらった小谷忠典監督(『LINE』)は、ガンの余命宣告された佐野との最後の日々の対話を通して、生きづらい今を生きる様々な女性の内面に迫り、肌合い繊細に現代を映すドキュメンタリーの新境地に到達した。91分。



12/24(土) 13:00 の回
小谷忠典監督 舞台挨拶決定!




『ドキュメンタリー映画 100万回生きたねこ』
鈴木 創(シマウマ書房 店主)

 ガンを患い、余命を宣告されていた絵本作家・佐野洋子さんをめぐるドキュメンタリー。ただし、顔を映さないという条件での撮影のため、この映画に佐野さん本人の姿は出てこない。しかも2010年の夏に撮影がスタートしてから3ヶ月後、制作半ばにして佐野さんは亡くなってしまう……。
 こうした難しい状況のなかで撮られた作品ではあるが、だからこそ声のみで登場する佐野さんの言葉は貴重な記録でもあり、この上なくリアルなものとして響いてくる。エッセイストとしても評価が高く、ときに辛辣な内容を含みながらも、自身の感じたことをずばりと言ってのける佐野さんの文章の魅力は言わずもがなのことだが、映画のなかの声は、活字における彼女の言葉の印象とぴったり重なっていて、あらためて余計な飾りやごまかしのない彼女の生き方に触れた気がした。たとえば、監督の意図を先回りするかのように、次のような言葉で釘を刺すところなどは、まさに佐野洋子の本領ではないだろうか。
 「普通の人はさ、ガンになるとガンと闘うっていうドキュメンタリーを作ったりするじゃない。わたし、ああいうの馬鹿馬鹿しくってしょうがないのよね。死ぬときゃ死ぬんだから」
 絵本『100万回生きたねこ』(講談社)は、1977年に刊行されて以来、180万部を超えるロングセラーである。この映画では、作者が姿を見せない代わりに「読者」として何人かの女性がカメラの前に現れる。一匹の猫をめぐって繰り返される生と死の物語を、彼女たちは読み、また自身の人生についても語っている。だが、小谷監督の気質というべきか、こうしたシーンの積み重ねによって浮かび上がってくるのは、一冊の絵本を共有する読者たちの、ほのぼのとした連帯感などではない。むしろ、それぞれの人生の苦難を抱えながら本と向き合う、個としての読者像、その孤独な姿である。
 そんな必ずしも幸福とは言い難い光景を目の当たりにしながら、あらためて思うのは180万部という数の大きさである。30年以上の歳月をかけてこの世に出た180万冊の本が、それぞれの人の手に渡り、さまざまな読まれ方によって、読者の数だけ異なる物語として受け止められていく。もしかするとその多くは誤読でさえあるだろう。良くも悪くも、読者は皆それぞれに作品を誤読し、だからこそ自身に引きつけてそこに救いを見出したりもする。
 佐野さん自身も『100万回生きたねこ』について、すでに自分の手を離れた作品であるとしながら、作品を描いたときの様子を語っている。その興味深いエピソードからうかがえるように、物語というものは作者のなかに、あるいは作品のなかに、どこからか不意に忍び込むもののようだ。佐野洋子という肉体を通過することで物語は初めて絵本としての形を得る。そして、それぞれの場所に生きる無数の読者のなかで増殖し、さらに拡散していく。
 このように広がりゆくものとしての物語は、形のない、風のようなものであり、人はいわばその通り道でしかない。佐野さんが亡くなってから撮影された、映画の後半で映し出される光景は、(被写体として人や場所を巻き込んではいるものの)おおよそ抽象的にしか説明することのできない、物語の旅といえるだろう。
 しかも、生前の佐野さんは監督に対してこんなことも言い残している。
 「大事なものはぜんぶ目に見えないと思ってるの。目に見えないことが一番大事なことだと思ってる」「目に見えるものは全く私にとっては大事じゃないんだよね」
 ここまで言い切られてしまうと、もはやカメラを手に映画という方法を通じて佐野さんの生きた証を映そうとすること自体、大きな矛盾を孕むことになる。それでもなお撮り続けられた映像は、美しくもあり、虚しくもある。いずれにしても、それらはすべて佐野さんに捧げられた、この監督としての精一杯の表現であるように感じた。
 なお、この映画では佐野さんの周辺や身内の人々にはカメラを向けていない。あえて周辺取材をしない方法を選んだようだが、その人間的な魅力によって、常に多くの人を惹きつけ、また同時にはね返しもしてきた佐野洋子の作家像について、もう少し具体的に触れてみたいという方には、入門編として『文藝別冊 佐野洋子』(河出書房新社)という本がある。また、映画でも触れられている北京での幼少期については、佐野さん自身いくつかのエッセイや小説を残している。とくに『こども』(リブロポート)などは、驚くほど細やかな記憶によって綴られた心象風景が次々に現れては消え、幻想的な映画を見るかのような名篇である。





2012
12/24(月)
〜12/30(日)

13:00
15:00
16:45
18:45

12/31(月)&1/1(火)は休館です。

1/2(水)
〜1/11(金)

11:00
14:50

1/12(土)
〜1/18(金)

10:30

 

前売券
※前売券販売は12/23(日)までです。
一 般 1400円
大学生 1400円
会 員 1200円
当日券
一 般 1700円
大学生 1500円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1300円

オフィシャルサイト

監督・撮影 小谷忠典
プロデューサー・構成 大澤一生
プロデューサー 加瀬修一、木下繁貴
編集 辻井潔
整音 小川武
音楽 コーネリアス
出演 佐野洋子、渡辺真起子、フォン・イェン 他

2012年 91分