●ザ・フューチャー The Future 監督作『君とボクの虹色の世界』、コンテンポラリー・アート、Webプロジェクト、翻訳家・岸本佐知子の名訳によっても知られる小説集「いちばんここに似合う人」など多方向のクリエイトで活躍するミランダ・ジュライの最新作。ガーリーなビジュアルとサウンド、そして、触覚のように織りつづられる時間と意識の鮮やかな流れが沁みる。今を生きる人々の内面に挑み、表現する傑作だ。 LAで同居する、幼児ダンス教室のインストラクター、ソフィー(M・ジュライ)と在宅オペレーター、ジェイソン(ハミッシュ・リンクレーター)は、傷を負い寿命のないノラ猫パウパウをシェルターに保護するが、猫が退院するまで30日間の日付により、ふと人生に残された時間に気づいてしまう。ネットを止め、仕事を辞め、先延ばしにしてきた行動を起こすふたりは……。91分。 『ザ・フューチャー』 仁藤由美(スタッフ) 題名は、未来。 待望の最新作でミランダ・ジュライは、どんな未来をみせてくれることだろう。 見まわせばバラ色の未来はすぐそこにある。広告や公約からは未来の構想よりも、むしろキャンペーン用としてだけの〈みらい〉や〈ミライ〉の頻度の方を感知させてしまうほど、聴こえてくる。大きな声で、健全で、要するにそれら〈未来〉の解像度は低すぎるわけで、聴こえているにもかかわらず、聴こえてないも同然なのだった。そもそも自分、未来のことを考える年齢にふさわしくないし。「あとは、若い皆さんでね、ね」そんな感じです。 風貌とよぶには早い、横顔に少女の表情を残しているミランダ・ジュライは、映画監督だけでなくマルチメディア・アーティストであり、村上春樹氏が受賞した文学賞フランク・オコナー国際短編賞も授与されている。近年の短編小説「ロイ・スパイヴィ」(2007年、翻訳:岸本佐知子)では、過去におき忘れてきた体験が突然よみがえり、はじけ出す甘く優しい記憶によって身動きがとれなくなる女性を書いている。友だちの長電話みたいな軽い筆致にもかかわらずそこでよび覚まされるものは、比重値の高い過去の記憶が空疎な現在を通過していくまぎれもない身体感覚であり、心的な成長痛の傷ましさでもあるのだ。 映画『ザ・フューチャー』では、「過去」と「現在」の時制が混乱することもなく幸福に溶け合う。時をたどってみよう。 ***ソフィー(ミランダ・ジュライ)とジェイソン(ハミッシュ・リンクレーター)。LAのアパートで同居するふたりは数日前、怪我を負ったノラ猫をアニマル・シェルターに運びこんでいた。施設内の医院でほかの疾患も判明し、猫は余命6カ月と診断された。ふたりは、6カ月間だけならと、退所後の猫を引きとることを考えはじめていた。 一方、厳しいノラ猫暮らしをいっぱいいっぱいで生きてきた猫はふたりに救われ、フワフワの前足に包帯の物悲しい姿にしてはややうわついた名前“パウパウ(お手々ちゃん)”を、付けられた*** そして、「現在」がやってくる。 ***ようやく決心したふたりはキャリーバッグ持参で再訪したシェルターの医師から、パウパウはあと30日の追加入院を要するが、その後大切に育てれば大病も治まり6年は生き延びる、と宣告される。また、退院日に飼い主が決まらなければ殺処分されてしまうことも。今後6年も猫を大切に育てていく責任など考えもしなかった。ふたりに残されたのは、パウパウを迎える日までたった30日の限られた自由な時間。よく考えてみれば時間とははかないものだ。 ジェイソンはPCサポートの在宅オペレーター。幼児教室でコンテンポラリー・ダンスを教えているソフィー。読書やネットで過ごす時間は、小さな出来事を笑い合い、些細なことでも対話して考える、恋人というより双子のようなふたりだった。その時までは。そして、期限つきの自由のためにまず、不本意な今の仕事をあっさり辞めてしまう*** そして「未来」がはじまる。 過去の終わりであり、未来のはじまりでもある仕事を棄てたその日、ふたりはかつてないほど冴えている。くだらないハンズフリー・マイクを床に叩きつけるジェイソン。ダンス教室のファサードを走り出て、笑いながらカメラの目前で肩を軸にターンして脇の舗道へと歩き去っていくソフィーは、まぶしく輝いている。未来へ走り出す鮮やかな転換だ。 『ザ・フューチャー』がうつしだす未来には、予測もつかない落とし穴が口をあけていて、過去から逃げながらも同時にそれをとび超えなければならない。おそらくふたりは幾度となく心的な成長痛におそわれ、ため息をつくことだろう。 だが未来には、ハードディスクやノートや頭のなかだけに居場所を持つ意識や実体のない無意識がしのびこめもする。その小さな声が、未来のふたりを導いていくのではないだろうか。過去の日々、ひそやかに交わされたあの会話。そして、未来へ躍り出たふたりの無意識に向かって「ニャウ(今)ニャウ(今)」と時を数えつづけるパウパウのささやき。(発声はヴォイス・パフーマンス。ミランダワールド全開、圧巻のかわいさ!) 小さな声で交わしたシグナルが奇跡のようによみがえる、切なくもうれしいラストシーンが待ちうけるのだから。 |
2013 4/6(土) 〜4/12(金)
4/13(土) 〜4/19(金)
前売券 ※前売券販売は4/5(金)までです。 一 般 1400円 大学生 1400円 会 員 1200円 当日券 一 般 1700円 大学生 1500円 シニア 1000円 中高予 1200円 会 員 1300円 |
監督・脚本 ミランダ・ジュライ
製作 ジーナ・ウォン、ローマン・ポール、ジェルハルド・マイナー
製作総指揮 スー・ブルース・スミス
共同製作 クリス・スティンソン
撮影 ニコライ・フォン・グリーニヴェッツ、エリオット・ホステッター
編集 アンドリュー・バード
音楽 ジョン・ブライオン
キャスティング ジャンヌ・マキャシー、ニコル・アベレラ
衣装 クリスティ・ウィッテボーン
メイク サビーネ・シューマン
音楽スーパーバイザー マーガレット・イェン
サウンドミキサー パトリック・ファイゲル
サウンドデザイナー ライナー・ヒーシュ
リレコーディングミキサー ラース・ギンツェル
出演 ミランダ・ジュライ、ハミッシュ・リンクレイター、デヴィッド・ウォーショフスキー、ジョー・パターリク 他
2011年 91分