世界一美しい本を作る男 ─シュタイデルとの旅─
●世界一美しい本を作る男 ─シュタイデルとの旅─ How to Make a Book with Steidl 世界一美しい本を作る、と称されるドイツの小さな出版社シュタイデル。ノーベル賞作家ギュンター・グラス著「ブリキの太鼓」、米国を代表する写真家ロバート・フランク、カール・ラガーフェルドによるシャネルのカタログなど、アーティストご指名の工房の秘密と情熱に迫るドキュメンタリー映画。
 完璧主義の経営者ゲルハルトは綿密な打ち合わせにパリ、ロンドン、北米、カタールを飛び回り、レイアウト、紙、インクと徹底的にこだわった装丁で、一冊の本を世界中のコレクターが待望するアート作品に昇華させる。クリエイティブな発見と驚きに溢れ、天才芸術家たちの私生活も随所でのぞく魅力的な傑作。88分。



ドキュメンタリー映画
『世界一美しい本を作る男 ─シュタイデルとの旅─』公開特集
ちくさ正文館・古田一晴さんに聞く

 11月16日から、当館にて『世界一美しい本を作る男 ─シュタイデルとの旅─』を公開します。ドイツ中北部の大学都市ゲッティンゲンにある出版社「シュタイデル」は、政治文書や文学書に加え、美術、写真の分野から厳選した作品集を出版していることで世界的に知られるスモールファクトリーです。この作品はシュタイデル社の本だけでなく、人それぞれの「良いにおいのする本」との出会いを触発し、本の魅力を再発見するドキュメンタリー映画でもあります。
 名古屋のブックイベント〈ブックマークナゴヤ2013年〉開催中(〜11/4)の今月は、当館からほど近い、ちくさ正文館の古田一晴さんに、映画と仕事である本についてのお話をうかがいました。(仁藤)


── 映画に出てくるシュタイデル社は小さな工房ですが、著名なアーティストたちが自分の作品集の出版を望み、同時にその発行を世界中のコレクターが待ち受けていますね。

古田 ナレーションのない映画なので、いろいろ想像しながらみましたけど、経営者のゲルハルト・シュタイデル(以下、シュタイデル)はすごいね、60代だって?
 作品集の装幀(そうてい)の打ち合わせだけじゃなく、アーティストである写真家から現像のアドヴァイスを求められるような、制作プロセスそのものにも関わってしまう。アートディレクターかと思えば、作業着で紙をさばいたり、印刷機を磨いていたり。仕事に対する発想がほかとはまったく違うということをまず、感じました。
 科学者で、職人で、そのうえ企業家としての能力がビジネスをも確立させているんですね。日本でたとえれば、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーみたいな人だろうか。テクノロジーがアナログからデジタルへと移行しても、その貢献度が優れていれば、芸術は高められていくと思います。クオリティを上げるための完璧主義なんだけど、印刷の仕上がりへのこだわりは、とりわけ写真集でその技術が発揮されていましたね。

── 組合のストライキのポスターも刷ってきたかと思えば、「ブリキの太鼓」の著者であるギュンター・グラスやデザイナーのカール・ラガーフェルドのようなセレブもクライアントとして登場しますね。

古田 アーティストでは、写真家のロバート・フランクの登場が嬉しかったです。ロバート・フランクはすべての写真集をシュタイデル社から出しているんですね。
 ニューヨークの自宅の会話も楽しいけど、ノバスコシアのコテージでのシーンが感動的でした。妻で美術家のジューン・リーフがシュタイデルその人をキャンバスに描き出し、ドキュメンタリーカメラの先には、その、真剣だけどどこか心暖まるプライベートの空間を写し撮るかのようにファインダーを覗くロバート・フランクの姿が映りこんでくるのです。

── ロバート・フランクは映像作品も手がけていて、名古屋シネマテークでは『キャンディ・マウンテン』(1988年)を上映しています。そういえばドキュメンタリー映画『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』(1990年)には出演をしていました。

古田 そう。だからかもしれないけど、印刷見本や大切な写真のオリジナル・プリントをスーツケースにぎゅうぎゅう詰め込んで世界中を飛び回っているシュタイデルは、ギター一本持って世界を渡り歩いていたフレッド・フリスの姿にも重なっていました。

── 確かにシュタイデルは仕事で世界を飛び回るジェットセッターですが、サイバー上で会議も行える現在からみると、少し前のエリートビジネスマンという気もします。もちろんその印象は、まだほんの、ほんの少し前のはずなんですけど。

古田 アーティストと綿密な打ち合わせをする上で、アート作品は作家そのものでもあるわけだから、単にデータをやり取りする、ということではないでしょう。
 確か、映画の原題は『How to Make a Book with Steidl(シュタイデルと一緒に本を作る方法)』だったよね。個性の強いアーティストたちと一緒に、作品のひとつの器(うつわ)としてのシュタイデル社の本を作る。その共同作業そのものが高い技術の裏付けになっているように感じました。
 当たり前のように構想をどんどんシュタイデルにゆだねて、制作方針さえ変えていきそうなアーティストもいます。一方では、アーティストの側から、なぜメールや電話でやりとりしないかとたずねられることがあって。その時のシュタイデルは、「会って打ち合わせた方が早いから」なんて言っていますね。説得力と同時に、彼の自在な身軽さがとらえられていて面白かったです。確かに人とは、会うのが一番話が早いと思うよ。
 説明的なドキュメンタリー映画ではないのですが、仕事に向かって絶対にぶれていかないシュタイデルから自然に生まれてくる確信的な考え方が、興味深かったです。「本日の目標額」みたいな具体的な目標を立て、成果をあげていくという仕事のやり方は、ほんとは駄目なんじゃないかと、僕は思う。面白いことに向かっていく、というのでなければ。

── 映画のなかで、やや不思議な、会議室テーブルにシュタイデル社の出版物を並べて、質問を受けているような仕事のシーンがありました。

古田 あれは、仕事といっても、おそらく広報活動というか、講座を行っているのではないでしょうか。

── 古田さんご自身は、この9月に「名古屋とちくさ正文館 ─出版人に聞くJ」(論創社)を上梓されたばかりです。また普段から出版や書店について発言や回答を求められる機会も多いと思いますが、どのようにとり組んでいますか。

古田 それをひとことで言えば、つなげられるために。本とつながってもらうために、です。
 シュタイデルの仕事にしても、アートディレクターなのか、印刷業なのか、販売者なのか。そこで本と人との橋渡しという使命について考えると、そこには境界がまったく無いのだと感じさせられました。

── ブックイベント〈ブックマークナゴヤ2013〉が開催中(〜11/4)ですね。映画から少し離れたお話もおうかがいしたいと思います。書店にふと立ち寄ったために映画や待ち合わせに遅刻! なんていう、楽しくなくもない失敗もしてきましたが、棚を作っている書店側として、夢中にさせてしまう書棚とは。

古田 現在形での鮮度を上げるということですね。どれだけ新しいものを揃えられるか、という苦労もありますが。同時に、「新しいことをヤる」というのは、今後のスタンダードを作ることでもあるのだと思います。

── 題名の『美しい本を作る男』についてですが、ご自身で実際に美しいと感じる本はありますか。

古田 デザインでいえば、シンプルなものがいいですね。また、言葉に集中するためにも活字はとても重要です。
 ここにあるのは、1931年から全24巻で発行された古書ですが、民藝運動を興した思想家、柳宗悦(1889年生)と英文学者で和紙研究家の寿岳文章(1900年生)の共編「ブレイクとホヰットマン」(同文館)です。第二次大戦前の日本で、すでにこんなにも美しい同人誌が作られていたことに驚かされます。手漉きの和紙で、文字の行間まできれいに整ってみえます。

── テキストのような横書きですが、文書を読むだけの味気なさはなくて、文字列がさえざえとしていますね。

古田 娘さんの寿岳章子さんのエッセイ「京都 まちなかの暮らし」(角川文庫)では、家族で製本した本を乳母車にのせて郵便局へ運んだ思い出が書かれています。
 装幀細部への探求について言えば、今でも、デザイナーによっては本の外装デザイン上、バーコードを嫌って、購入後に剥がせるシール状のバーコードを貼っている本さえあります。

── 最後に、本のアートディレクションについて、ずっと気になっているデザイナーは、いますか。

古田 前衛詩人の北園克衛(1902年生)と染色工芸家の芹沢C介(1895年生)、美術評論家の青山二郎(1901年生)による装幀ですね。
 特に三重県出身の北園克衛は、2010年に三重県立美術館で早逝した兄である彫刻家、橋本平八との兄弟展が催されています。奈良の古仏研究からはじまって伝統的な造形世界にいた兄と、表現派、ダダイズムに影響を受けた弟。対照的な兄弟ですが、その交流のなかから形成されていった芸術作品を検証する「異色の兄弟展」は貴重な展覧会でした。そこで、装幀家としての北園克衛の作品を再発見したように思いました。
 『世界一美しい本を作る男』からは、今現在の出版社の在り方と同時に、活版技術を発明したヨハネス・グーテンベルクの時代から続く印刷の歴史も意識されたと思います。



2013
11/16(土)
〜11/22(金)

13:10
18:30

11/23(土)
〜11/29(金)

17:10

11/30(土)
〜12/6(金)

10:30

 

前売券
※前売券販売は11/15(金)までです。
一 般 1400円
大学生 1400円
会 員 1200円
当日券
一 般 1700円
大学生 1500円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1300円

当館窓口にて前売券をお求めの方、プレスシートをプレゼント(数量限定)。
オフィシャルサイト

監督 ゲレオン・ヴェツェル、ヨルグ・アドルフ
出演  ゲルハルト・シュタイデル、 ギュンター・グラス、 カール・ラガーフェルド、 ロバート・フランク、 ジョエル・スタンフェルド、 ロバート・アダムス、 マーティン・パー、 ジェフ・ウォール  他

2010年 88分