●楽隊のうさぎ 克久(川崎航星)は、引っ込み思案で目立たない少年だったが、ある日、学校の廊下で奇妙なうさぎを目撃、その後を追うようにして音楽室に辿り着き、そのまま吹奏楽部に入部することになる。打楽器パートに入った克久は、今まで体験したことのない世界に戸惑いながらも、顧問(宮撫ォ)や先輩たちとともに、音楽の面白さに夢中になっていく。コンクールのメンバーからはずれる挫折、友達とのいざこざなどに迷い悩みながらも、克久は一歩ずつ成長する……。 オーディションで選ばれた46人の子どもたちが、いきいきと音楽を奏でる姿は、爽やかな風がスクリーンから吹き付けてくるかのよう。人間と、音楽、そして映画の魅力が充満の、97分。 劇場ロビーにて<ニューイヤー・ウィッシュ・ボード>を設置中です。2014年、達成したいことや漠然とした夢、などを書いて頂いております。是非ご参加下さい。 『楽隊のうさぎ』を観て、聴いて 鈴木 創(シマウマ書房) ヤマハや河合楽器などの本拠地であるとともに、古くから吹奏楽が盛んな「音楽のまち」浜松市。そんな地域の協力のもとで製作されたこの映画は、公立中学校の吹奏楽部を舞台にした作品で、オーディションにより選ばれた中学生キャストも、ほとんどが地元在住の子供たちであるという。 主人公は、花の木中学に入学したばかりの一年生、奥田克久。真新しい制服姿の彼が放課後の誰もいない廊下を歩いていると、突然目の前に奇妙なうさぎが現れる。素足にわらじ履きで一見チープだが、あるいは高級な遠州綿紬かもしれない、渋い柄の作務衣。その上に(『不思議の国のアリス』の白ウサギがチョッキだったのに対して)ちゃんちゃんこを羽織った和風のいでたち。懐中時計ではなく廊下の天井に備え付けの時計が時を刻むなか、どこからともなく聴こえてきた打楽器の音に合わせて、うさぎは踊りながら走り去る。思わず後を追いかけた克久がたどり着いたのは、洞穴の先の不思議の国ではなく音楽室。吹奏楽部の女子生徒がティンパニを叩いていて、いきなり彼に尋ねるのだ。「君も、こんなふうに叩いてみたい?」 色白で伏し目がち、引っ込み思案な性格の克久だが、吹奏楽部に入部してパーカッションのパートに属すると、単調なようで奥の深い、打楽器の練習に静かな歓びを見出し、やがて夢中になっていく……。 公募による市民参加の映画ということで演技はもちろん、楽器も初めてという出演者が多く、生徒役の子供たちは約一年かけて映画のなかの吹奏楽部の練習に励んだという。実際、劇中の演奏シーンには撮影時に収録されたそのままの音源が使われていて、劇映画ではあるけれど、彼らの音楽室での様子は演奏会の場面に向けたリアルな練習の光景でもある。 中沢けいのロングセラー小説が原作だが、先行するストーリーを映像でなぞるというよりは、むしろ作品の主体はそうした練習に取り組む、生徒たちの等身大の姿にあり、物語はその背景を静かに流れているかのような印象を受ける。克久の小学校時代のいじめ体験や両親の夫婦関係の揺らぎなど、原作の細かなエピソードは映画では控えめに、あるいは思い切って省かれていて、それらもまた中学生という年頃ならではの彼らの表情や振る舞いをできるだけ壊さずに、カメラに掬い上げることを優先した選択といえるのかもしれない。 シンプルなストーリーなので、内容への言及は慎重にならざるを得ないのだが、印象に残った事柄をいくつか挙げると、一つは、三年生の引退を機にティンパニの演奏を引き受ける、克久の決断の過程が興味深かった。全体練習のなかで彼が森先生から注意を受けた「一人で勝手に決め付けない。お互いの音をもっとよく聴いて相手を理解しようとしなければ、良いバランスは作れません」という言葉にも呼応するように、周りを取り巻くさまざまな要因を自ら受け止め、決断するということ。 地方の中学校の吹奏楽部のなかで、誰がどの楽器を担当するか、などということは世の中の全体から見れば瑣末なことではあるのかもしれないが、映画のなかに生きる彼らにとってはとても重要な出来事。演奏における一音の響きと同じように、こうした彼らの日々のささやかな決断や勇気の積み重ねの上にこそ、世の中というものがあって欲しいと思わされる場面であった。相変わらずの無表情で、それでも毅然と「先生、ぼくティンパニやります」と言い切った克久。その言葉を受け止める森先生の、ほんの数秒の表情もとても良かった。 もう一つ、うさぎと同様に時々現れては見逃せない役割を担っているのが、克久と同じ小学校出身の相田守である。克久を子分のように扱おうとしたり、サッカー部に入ることを強要したりと厄介な存在だが、その子供じみた雰囲気も含め、役の男の子がしっかりと演じていた。中学に進み、吹奏楽部という居場所を見つけた克久に対して、いつしか周囲から孤立して身の置き所を失った相田(学校をサボるようになった彼が独りでいたのが、大人の目の届く公共の場でもありながら、行き場のない子供が時間をつぶせる場所としての本屋だったことも指摘しておきたい)。 そんな相田を克久はいつもどこかで気にかけている。日々の練習により部員同士の絆が深まるなかでも、克久にとってはあくまで(女子も含む)部活の仲間であり、その外に目を向けたときに、友達といえる数少ない存在が相田なのだろう。 教室というのはこんなに窓が大きく、陽射しが明るかったのかと、そんなことにまでしみじみと感じ入ってしまうような、少し懐かしくもあり、爽やかな文化系学園映画でした。 |
2013 12/23(月・祝) 〜12/30(月)
2014 1/2(木) 〜1/10(金)
1/11(土) 〜1/17(金)
※12/31と1/1は休館いたします。 前売券 ※前売券販売は12/22(日)までです。 一 般 1400円 大学生 1400円 会 員 1200円 当日券 一 般 1700円 大学生 1500円 シニア 1000円 中高予 1200円 会 員 1300円 |
監督 鈴木卓爾
原作 中沢けい
エグゼクティヴプロデューサー 榎本雅之
企画・プロデュース 越川道夫
プロデューサー・小林三四郎、財前健一郎、多井久晃
アソシエイトプロデューサー 池谷道浩、松下克己、伊藤重樹
脚本 大石三知子
音楽監督 磯田健一郎
撮影 戸田義久
照明 山本浩資
美術 平井淳郎
録音 山本タカアキ
ヘアメイク 橋本申二
特殊造形 百武朋
編集 菊井貴繁
助監督 松尾崇、張元香織
監督補 越川道夫
制作担当 大川哲史
アシスタントプロデューサー 神林理央子
出演 川崎航星 井手しあん ニキ 鶴見紗綾 佐藤菜月 秋口響哉 大原光太郎 野沢美月 塩谷文都 楠雅斗 甲斐萌夢 鈴木早映 佐藤真夕 奥野稚子 百鬼佑斗 湯浅フェリペ啓以知 宮崎将 山田真歩 寺十吾 小梅 徳井優 井浦新 鈴木砂羽 他
2013年 97分