●終わりゆく一日 Day is Done チューリッヒの工業地帯のロフトから、今日も窓にカメラを向ける映画監督T。高速モンタージュで日の流れをフラットに捉えるヴィデオ、一瞬を深遠に映す35oセルロイドフィルム。それらが描くイメージをコラージュし、ディラン、シド・バレットらのカヴァー曲がランドスケープを濃厚に一変する。また、駐車場を毎日横切る美しい女性や図らずもユーモアを生む工場の人々の行動が、心楽しく日々を彩る。そして何よりも魅力的な、Tの留守録に残された家族や知人の声。旅先の歓喜、父の危篤、息子の誕生、恋人の不満……、15年に渡る記憶はこんなに遠くこんなに近くこだます。身も精神も委ねたくなるスイスの映像作家T・イムバッハの至高の傑作。111分。 『終わりゆく一日』について 構成=平野勇治(編集部) 「これは今までに見たことがないような映画だ!」本作品を見終えたときは、いたく興奮した。これまで、いろいろな映画を見た気になっていたが、まだ自分にとって未知の面白さを持った映画があったとは。これほど嬉しいことはない。 この作品の際立った特徴は、何だろうか。まずは、多くのシーンが、チューリッヒのある部屋の窓から撮影された映像で構成されていること。そう聞くと変化のない、退屈そうな映画に思えるかもしれない。だが、そんな先入観を逆手にとるように、映画は多様な風景を見せてくれる。この部屋は、駅舎の近くで工場地帯の中にあるようだ。かなりの期間にわたって撮影したのだろう、古びた煙突の立つその地域に、いつの間にか超高層タワーが建っていく。行き交う人々、列車、飛行機、そして日々移りゆく空の千変万化する美しさに、思わず見惚れてしまう。そうした物言わぬ風景の連鎖の中に、作り手の思いや考えが静かに織り込められているのも見どころだ。 もうひとつ、驚きの要素がある。この映画の監督、トーマス・イムバッハは、10年以上にわたり、自身の留守番電話に吹き込まれたメッセージを保存していた。その様々な「声」を映像のバックに流すことで、ひとつの物語、ある映画作家の人生という物語を編んでいくのだ。 この信じ難い「声」のコレクションと、その使用について、イムバッハ監督は次のように語っている。 「私の長年の習慣が、留守番電話に残された伝言を集めることだった。最初は当時新しかった記録媒体そのものに興味を惹かれ、やがて伝言は時間が経過した証であることに気づいた。テープは父の危篤や息子の誕生といった、私の人生において重要な出来事にまつわる証言であり、また子どもの誕生と同時に関係が壊れていくカップルのストーリーを語っている。伝言からほのめかされる物語は、生と死、成功と失敗、別離と新しい始まりといった実存的なテーマを表している。そして留守番電話ならではの日常的な口語によって伝えられるそれらの出来事は普遍性を帯び、映画の観客に彼ら自身の記憶を呼び起こさせる」。 この留守番電話の「声」そのものは、たしかにイムバッハ監督個人に向けられた伝言だったのだろう。だが彼は、早い段階から、この録音を映画に使おうと思っていたようだ。そのことは「私の伝言は何人の人が聞くのかしら?」というメッセージが出てくることからも明らかだ。留守番電話に残された声という現実が、すべて映画のための素材となる。まるで人生と映画の区別がつかなくなったような、人生が映画に乗っ取られていくような奇妙な面白さが、そこにある。 窓から見える風景、留守番電話。それらのモチーフが日常的であるほどに、映画は普遍性と、この作品だけの個性の両方を獲得していく。 ところで、本作は「山形国際ドキュメンタリー映画祭2011」のコンペティション部門に出品されている。社会的なテーマの作品が多い映画祭コンペの中で、本作が異色だったのはたしかだろう。かなりの賛否を巻き起こしたようだ。本紙前号で、同映画祭2013のレポートを書いてくれた中根若恵さんは、2011年の山形で最も印象に残った作品は、これだったと言う。良かったところを尋ねてみた。 「映画の“主人公”である監督は不在だし、彼のことを知る手がかりは、部屋からの風景と彼宛の留守番電話のメッセージという断片的な情報だけなのに、彼がたしかにそこにいるんだ、実在しているんだということを感じて、その感覚が不思議だったという覚えがあります。不在なものが存在感を持っていることが」。 再度、監督の言葉を引こう。 「見たものと、聞いたもの、これら二種類の素材をどう組み合わせようかと何年も模索しているうちに、物語の構成が浮かび上がり、Tというキャラクターが出現した。Tを主人公に据えたことで、私は自伝的要素をドラマに昇華することができた」。 Tとは、監督のイニシャルであると同時に、本作の中にだけ生きている、ある男のことでもある。撮りためられた映像と音。それらが一体となって作り出される、映画という虚構。『終わりゆく一日』の魅力は、その振幅と融合の面白さにあると言ってもいい。その中で揺られながら、Tの人生を想像し、また見る者自身の人生を思い返していくことは、至福の映画体験だと思う。窓から眺めたありきたりな風景を淡々と撮った映画か……と敬遠するのは、あまりに、もったいない。 (監督のコメントは、プレス資料より引用) |
2014 1/18(土) 〜1/24(金)
当日券のみ 一 般 1500円 大学生 1400円 シニア 1000円 中高予 1200円 会 員 1200円 |
監督・撮影・プロデューサー・脚本 トーマス・イムバッハ
プロデューサー アンドレア・シュタカ
脚本 パトリツィア・シュトッツ
共犯者 ユルク・ハスラー
編集 ギオン・レト・キリアス、トム・ラベル
演奏 Day is Done Band
音楽プロデュース バルツ・バッハマン
音楽・サウンドデザイン ペーター・ブレカー
音楽 ダニエル・ペンバートン
出演 郵便を運ぶ女性、 ブラスバンド、 子どもたち、 作業員たち、 消防員たち、 バイク乗りたち、 警官、 救急隊員たち、 ワインを買う人々、 美術学校の学生たち、 キスするカップルたち、 自転車乗りたち、 庭師、 息子たちを連れた父親 他
2011年 111分