物語る私たち
●物語る私たち Stories We Tell 「赤毛のアン」原作L・M・モンゴメリーの映像化作品や鬼才アトム・エゴヤン監督の『スウィート ヒアアフター』の主演、傑作『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』では監督を手がけた才気ほとばしるカナダの若手名女優サラ・ポーリー。本作はサラ自身の衝撃的な出生の秘密をたどり、1970年代へと溯る。明るく無邪気なダイアンと実直なマイケル。俳優同志の二人は出会い恋をした。ダイアンは前夫の子を連れ、マイケルは子供もろとも彼女を受け入れて結婚。やがて末っ子サラが生まれる。彼女が11歳のとき母ダイアンは病死し、残された家族はサラとマイケルが似ていないことに気づき始める……。
 感性豊かな家族や友人たちが実際に登場して記憶を語り、映像やアルバム写真によって軽やかに織り紡がれていくポーリー家の過去。作品中、監督が仕掛けた虚実の入り混じった映像の再構築は、壊れそうにもろい家族のかたちにも似て、激しく胸をうつ。数々のドキュメンタリー賞に輝く必見の傑作だ。108分。



『物語る私たち』が語るもの
   鈴木 創(シマウマ書房)

 『死ぬまでにしたい10のこと』などで女優としても活躍するサラ・ポーリーが監督した、自らの家族をめぐる私的ドキュメンタリー。幼い頃、五人兄弟のなかで自分だけが父親に似ていないとからかわれていたサラは、彼女が11歳の時にこの世を去った母ダイアンの人生と、自身の出生の謎について、父や兄姉、当時の関係者たちにインタビューを重ねていく。その結果、母が家族に隠し通していた恋人、すなわちサラの実父の存在が明らかになる……。
 華やかな女優として生きた母ダイアンと、同じく実力派の俳優であり、舞台上で彼女と出会い結婚したものの、やがて自ら俳優としての人生を降りることを選択した父マイケル。年月とともに変化を兆す、夫婦の関係性。作品前半のこうした部分だけでも十分にほろ苦いストーリーであり、劇映画や小説のモチーフに成り得るものだ。  しかし、実際の家族にとっての出来事、ノンフィクションであるがゆえに、インタビューが進むにつれて、父や母にはこんな側面もあった、こんな場面もあったと、ときに矛盾を孕みながら不器用に積み上がっていく証言の塊は、そのまますんなりとドラマの枠組みに収まるものではない。
 だからこそ、自ら語りたいと思うのだろう。興味深いことに、サラの出生をめぐる真相が明らかになった後、彼女の(二人の)父はそれぞれに自分の人生について回想録を書き始める。それに対してサラは「あなたは本で語りたい。私は映画を通して伝えたい」と表明し、それがこの作品の動機になっている。だが同時に彼女は「どんな手法で撮るべきかわからない。皆の話を聞いたとして、どのように撮ればいいのか」という悩みを抱えることになった。
 そのことを反映してか、作品の後半になると、過去の出来事を追い求めるドキュメンタリーというよりは、それらを受け止めて生きる、家族の今の姿をいかに伝えるかということに映画の主題が動いていく。インタビューの場面でもフレームの外にあった撮影機材など、舞台裏が画面に見切れるようになり、次第にメイキングに近い雰囲気を帯びてくる。また、それまでは答えるばかりだった兄から「この作品で何を語りたい?」という質問を逆に投げかけられると、「何かしら。いろいろあって……」と少し思案してから、「その人の人生の語り方かな」とサラは答えている。
 両親ともに俳優の一家、他の人の多くも演劇や映画の関係者とあれば当然かもしれないが、たしかにこの作品に登場する人々の表情や言葉、たたずまいには何ともいえない魅力がある。プライベートな室内に持ち込まれたカメラを前に、ユーモアを交えたり、真剣な口調になったり、声を詰まらせ涙ぐんだりと、インタビューに答える彼らの表情を画面は静かに映している。
 そこで話されることの多くは、ダイアンとの個人的な関わりや思い出だが、そのように過去の出来事をあらためて語るという行為は、たとえばパソコンのような記憶の引き出しから保存されたデータを取り出すことではない。数十年も前の思い出を語るときの表情には、今の老いた肉体から逃れられない哀しみがにじむようでもあるし、そんな自分の意識を出来事のほうに近づけて、かつての時間をもう一度生き直しながら語っているようにも映る。人は語ることで過去を生き直す。あるいは物語るたびに、自分の人生の層をわずかずつ上塗りしているのかもしれない。
 そこに虚実が入り混じるのは避けられないことでもあるのだろう。サラも「真実とはあやふやで明確にしにくいもの。ほとんどの場合、時宜を得ずに過去を話すので、故意ではなく事実を創作してしまうもの」と述べている。この映画の方法論に迷っていた彼女も、最終的には、物語る人々のその故意ではない創作に、自らの映像表現を繋げることを選んでいる。自分が生まれる以前の出来事などは、とくに楽しみながら映像化しているように感じた。今の技術であればドキュメンタリーとフィクションの差異を映像において取り払うことも可能であり、そこに映画ならではの世界が立ち上がる。なかでも一瞬だけ垣間見えた、サラが亡き母に演技指導する場面などはまさに彼女自身の人生を生き直す行為として印象的であり、微笑ましい光景だった。父マイケルが語りかける「人生は喜劇から逃れられない。一見、悲劇に見えることも少しでも気をゆるめた瞬間、口の端に喜劇が訪れる」という言葉は、このシーンのみならず、この映画全体を温かく包んでいる。




2014
10/11(土)
〜10/17(金)

11:00
18:25

10/18(土)
〜10/24(金)

14:00

10/25(土)
〜10/31(金)

15:00


前売券
※前売券販売は10/10(金)までです。
一 般 1400円
大学生 1400円
会 員 1200円
当日券
一 般 1700円
大学生 1500円
中高予 1200円
シニア 1100円
会 員 1300円
学生・シニア会員 1000円

 
オフィシャルサイト

監督・脚本 サラ・ポーリー
プロデューサー アニタ・リー
エグゼクティブプロデューサー シルヴァ・バスマジン
編集 マイケル・マン
撮影監督 イリス・ン
美術 リー・カールソン
衣装 サラ・アームストロング
録音 サンジェイ・メータ
編曲 ジョナサン・ゴールドスミス
キャスティング ジョン・バカン、ジェイソン・ナイト
ナレーション マイケル・ポーリー
出演  マイケル・ポーリー、 ハリー・ガルキン、 スージー・バカン、 ジョン・バカン、 マーク・ポーリー、 ジョアンナ・ポーリー、 キャシー・ガーキン、 マリー・マーフィー、 ロバート・マクミラン、 アンヌ・テイト、 ディアドリ・ボーウェン、 ヴィクトリア・ミッチェル、 モート・ランセン、 ジェフ・ボウズ、 トム・バトラー、 ピクシー・ビグロー、 クレア・ウォーカー、 レベッカ・ジェンキンス、 ピーター・エヴァンス、 アレックス・ハッツ  他

2012年 108分