山形国際ドキュメンタリー映画祭2019 訪問レポート
                    酒井健宏
(名古屋シネマテークスタッフ/愛知芸術文化センター・愛知県美術館 オリジナル映像作品作家選定委員)

 昨秋、10月10日~17日に開催された山形国際ドキュメンタリー映画祭2019(YIDFF2019)を訪ねた。折しも大型の台風が列島を通過しようとする日、予定のフライトも欠航するかもしれないなか空港に向かう。そして2年ぶりの山形市街。台風接近の影響で道行く人はまばらだが、映画祭会場に入るとたくさんの人。感想を述べ合う人、監督や製作者とのQ&Aに聞き入る人、忙しく立ち回る映画祭スタッフ。初開催から30周年。変わらぬ熱気に満ちていた。

 今回も長短編、新旧、洋の東西を問わず世界中からドキュメンタリー作品が集まる。とりわけ注目作が並ぶインターナショナル・コンペティションから、まずは8時間を超える長編話題作『死霊魂』(ワン・ビン監督)。中国における1950年代後半からの権力闘争と政治混乱により反体制分子と見なされ収容所に送られた人々。過酷な強制労働と飢餓を生き延びた彼らの証言をまとめ、知られざる歴史をあぶり出す。荒涼とした砂漠を彷徨い、立ちすくむハンディカムの映像。マイクを打つ強風の轟音や冷たく響く乾いた空気の音もまた、極限状況下で不当に人間性を奪われた人々の絶望を想像させてやまない。

 滞在初日は徐々に暴風雨も激しくなり交通機関も運休を余儀なくされ、各会場での夜の上映は中止となった。短い滞在期間ゆえに残念だが、早くに対応を決めた映画祭事務局を支持したいと思った。また、おかげで山形県の郷土料理や東北の食材を食べることができた。東北では何を食べても美味しいという店主の言葉に、ただただうなずくばかりだった。

 滞在2日目、台風で被災した宮城県の光景をニュースで見て心配しつつ会場へ。再びインターナショナルコンペから。ブラジル、サンパウロの学生たちが精力的に政治活動を行う姿を彼/彼女らに寄り添い記録した『これは君の闘争だ』(エリザ・カパイ監督)。社会の動きが自分たちの思わぬ方向へと進むことに対し声をあげ毅然と意思表示する人々と、作品そのものの饒舌で小気味よい構成に圧倒されながら、ふと自分は観客のままでいいのだろうかと考え込む。

 現実と虚構(フィクション)の関係性に注目するのもドキュメンタリー作品を見るときの醍醐味の一つだ。架空の物語を取り入れながら、祖母から母、そして〈私〉のアイデンティティの交差と断絶を描き出す『ユキコ』(ノ・ヨンソン監督)。『パリ、テキサス』など多くの名作を撮影し2018年に亡くなったカメラマン、ロビー・ミューラーが生前に記録したプライベート映像とともに、彼の生涯をたどる『光に生きる ロビー・ミューラー』(クレア・パイマン監督)。演劇のワークショップに参加したエルサルバドルの女性5人が、男性から受けたDVや性暴力の傷と向き合い、貧しい生活のなかで生まれる暴力の連鎖を断ち切ろうと奮闘する『ラ・カチャダ』(マレン・ビニャヨ監督)。題材もアプローチの仕方も異なるが、いずれも現実と虚構の架け橋に着目する視点が印象に残った。

 毎回、コンペ以外に非常に多くの特集企画が組まれるのもYIDFFの特長だ。特集「AM/NESIA: オセアニアの忘れられた『群島』」は、南海の楽園といった表層的イメージに上書きされがちな太平洋諸島地域の歴史とアイデンティティを複層的に捉え直すことを促す作品群。特集「『現実の創造的劇化』:戦時期日本ドキュメンタリー再考」には、当時の日本のドキュメンタリー映画制作者たちが、ポール・ローサの『文化映画論』の影響を受けつつ、様々な創作手法(「現実」の切り取り方)を試みたことを分析的に検証できる作品群が並んだ。

 滞在3日目、たどることのできなかった会場や展示を足早に巡り、後ろ髪を引かれる思いで帰途につく。特集「Double Shadows/二重の影2:映画と生の交差する場所」にて見た『あの店長』(ナワポン・タムロンラタナリット監督)。90年代後半から2000年代前半のタイ、バンコクのマーケットでアート系やインディーズ系作品の海賊版ビデオを売った謎の名物店長。それらが密やかに流通し、ファンカルチャーを通じて若い映画マニア、批評家、そして監督たちを生んだ現象を、当事者たちの証言をもとに生き生きと浮かび上がらせる。自分の映画鑑賞史と重ねながら、私にとってはまさに当館のような小さい映画館、ミニシアターこそが「あの店長」だったと思う。それは今も変わらない。興行収入では上位にない、検索しても上位にない、ただしそういった作品たちが次の、まったく新しい文化的潮流を作っていくものだ。そのためにも様々な映画を紹介し、当館もまた「あの映画館」の一つであり続けたいと思う。

 なお最後になったが、アジア地域から寄せられる作品を紹介するプログラム「アジア千波万波」にて選出上映の『セノーテ』(小田香監督)、また日本の「今」を切り取る作品を取り上げる「日本プログラム」で上映された『王国(あるいはその家について)』(草野なつか監督)と『空に聞く』(小森はるか監督)は、当館にて過去作を紹介させてもらった監督たちの作品であり、かつ企画制作を愛知芸術文化センター・愛知県美術館が担当したオリジナル映像作品でもある。好評をもって上映されたことを感謝とともに付記したい。