「The アートシアター」北條誠人さん(ユーロスペース支配人) に聞く
6月17日から公開する『ミツバチのささやき』『エル・スール』は、「the アートシアター」と銘打たれたシリーズの第一弾。
「the アートシアター」とは、かつてミニシアターで上映され、多くの人々に衝撃を与えた傑作群の中から、今も新鮮さを失わず、同時に「古典」とも言えるような傑作中の傑作を、全国のミニシアターの館主・スタッフがセレクトし上映していこうというものだ。
シリーズを始めるに当たって、中心になって企画を進めた、東京・渋谷のミニシアター、ユーロスペース支配人の北條誠人さんに話を聞いた。
──なぜ、今、この企画を?
北條:前提として、シネマシンジケートの活動があります。ミニシアターや街なか映画館の連合体であるシネマシンジケートは『海炭市叙景』『楽隊のうさぎ』などを公開してきましたが、諸々の事情で機能しなくなってきました。そんな状況で、劇場の側から何が提示できるかを考えた結果、配給会社とのパートナーシップを生かし、我々から上映したい作品を提案して、それを公開していくという形になったわけです。
──シネマシンジケートは『海炭市……』や『楽隊……』のように主体的に関わった作品もあった一方で、配給会社から持ち込まれた作品も多かったですね。そうした作品が供給できなくなった頃に「シンジケートはこれから何をする?」って話になって、劇場相互の会員割引を始めたりしたけれど、北條さんは「まず作品ありきだ」と強調していましたね。
その最初の作品として『ミツバチのささやき』を選んだ理由は?
北條:“マスターピース”だからです。私自身としても、一番やりたかった作品で、いくつかの劇場の人に聞いたら、同じ意見が多くて、やはり最初はこれだろうと。
この映画を見る以前に、これほど感動した映画は無かったです。個人的には、“音”への繊細な配慮、特に沈黙の扱い方にこれまでに無いものを感じました。まさに“ささやき”の映画なんです。
──村にやってきた移動映画館で子どもたちが『フランケンシュタイン』を見るシーン。主人公のアナは、心底映画に没頭していて、客席はざわめいているのに、彼女だけ沈黙に囲まれていた印象がありました。
北條:瞬きひとつせず、スクリーンを凝視していたね。今回見直してみて、その映画館が仮設劇場だったことも印象的でした。最近の映画館は快適できちんとした環境になってきていて、それをより改善していかないと……という傾向にあるけれど、映画は真っ暗な所に人が集まって眼前のスクリーンを見る、ただそれだけで成立するんだというプリミティヴな上映の形を、あらためて見せられたと感じました。私には、映画を見る側の思いと、上映する側の思いが、混じりあって表出されているシーンに見えました。
──マスコミ向けのリリースには「必ずスクリーンで見てほしい」とあります。
北條:この映画は、パソコンやテレビで見るために作られたものではありません。ただスクリーンに投影されるためだけに作られた映画です。それをスクリーンで見るのは当たり前のことだと思います。
──監督のビクトル・エリセは、兵役に就いていた頃、休み時間に溝口健二の映画を見て、兵舎の門限に遅れることを覚悟の上で帰り道を歩いたという話を語っていたことがありました。そうした人生を超えるような“体験”としての映画には、「映画館」は欠かせないのでは、とも思いますね。
北條:あともう一つ、この映画を選んだ理由があります。本作を1985年に初めて日本公開した「フランス映画社」へオマージュを捧げたかったということです。
──ゴダール、アンゲロプロス、エリセなどアート系映画を次々と公開し、ミニシアターブームを作った配給会社ですね。残念ながら、今はもうありませんが……。
「the アートシアター」今後の展開は?
北條:秋に第二弾、ヴィターリー・カネフスキー監督の『動くな、死ね、甦れ!』を公開します。とりあえずやってみるといろいろ分かってくることがあるはずです。1年後には状況も変わって、私の考えも変わっているかもしれません。そういうプロセスを楽しみつつやっていくので、皆さんにも楽しんで付き合ってほしいですね。
(2017年5月22日 質問・構成=編集部)