青年よ 前へ向かって歩け
 評論 『コロッサル・ユース』
 ペドロ・コスタの『コロッサル・ユース』(2005)を見て、半世紀前、ジョン・フォードによって撮られた『若き日のリンカーン(リンカン)』(1939)や『わが谷は緑なりき』(1941)が、モノクロームではなくカラーで、つまりカラー・フィルムのある種の過剰な現実感を通して映されていたら、それらの作品が湛える無垢な美しさが、いくらかは損なわれたとしても、映像の、最良の呪術に魅了されたのではないかということを仮想した。
 フォードの映画の戦場である砂漠や大海、そしてあの荒野だけでなく、むしろアイリッシュ・アメリカン的な原風景を持つとき、より顕著に、呑み込むように人物にしだれかかる樹木や氾濫する光、あるいは、学名を持つ植物とは信じがたい形状の花が群れる花畑など、大自然から浮遊したように生息する、自然の中の不自然さを、登場人物たちが、ぼんやりと受け容れているようにとらえられ、それらは作品全体を通してみると、正しい行いも正しくない行いも求心させていくフォードの調和に、ひっそりと影を落として存在するものとして妙に恐ろしく、同時に現実と精神との確信的な混乱を覗かせる誘惑のようにも感じさせる。
 フォードの何本かのモノクローム作品がカラーだったら、というような想像をさせてしまう『コロッサル・ユース』の主人公・ヴェントゥーラは、ローアングルの固定ショットによって、しなやかな身体を、いっそう印象づけながらも、異質なものとしてスクリーンを乱すことはない。光と影を操り、フェルメールやレンブラントの絵画に相応するショットにおいては、溺れかけた人に、やがて泳ぐことをあきらめる瞬間がやってくるように、とりまく世界を受け入れるほかはないことを感じさせる。しかし、同時に、その身体的な受容に比べ、そこにある彼自身の精神は身を委ねている世界からひき裂かれ、別の場所を漂っている。
 ヴェントーラは、『ヴァンダの部屋』(2000)以前のペドロ・コスタの作品にも登場する撮影地、リスボン郊外のスラムに居住するアフリカ系移民である。近代都市建築の建設労働者に連なり、1970年代、民主化クーデター(カーネーション革命)によって、独裁政権が瓦解した時期のポルトガルへ移住した。だが、市民的な自由の戦いも、マイノリティであるヴェントゥーラにとっては真の革命ではなく、一種の混沌であり、不安と恐怖をもたらす災厄だった。かろうじて、革命というものに寄り添うように、故郷の島カーボ・ヴェルデで蜂起した、西洋社会からの独立を謳う革命歌「ラバンタ・ブラソ」を、針の飛ぶレコード盤で聴いている。その島も、彼自身がすでにそこに存在していない、遠い植民地なのだ。
 世界からとり残されてきた者たちが、スラムに残してきた記憶は、都市の再開発によって地域と共に解体され、消滅しようとしている。住人に提供される新築の集合住宅に住むヴァンダを尋ねるヴェントゥーラは、路地や道路など、陸続きのスラムと集合住宅の間に当然あるはずの道を通過することなく、二つの場所を行き来する。同時に、彼らが危険な作業現場で都市建設に携わっていた時代の記憶をも、今のヴェントゥーラのままの姿で、絶えず行き来する。道のりによって結ばれていない場所を行き来することが、不可視な、死者の霊のように、彼を錯覚させている。だが、青年時代の象徴である白いハンティング帽や、祭司のように巻かれた白い包帯が、(フォードのテクニカラー作品のように!)極彩色の闇のフィルムから、浮き上がってくるとき、絵画的な美が静止する世界を抜けて、エモーショナルな光景が現れてくる。
 ペドロ・コスタは『ヴァンダの部屋』によって、その終焉間際に、フォードと同一線上の20世紀の作家の後尾に並び、そしてそのことが21世紀以降の作家の先端に、彼自身を位置しているのだと思う。海外で使用される英語題『コロッサル・ユース』は、ヤング・マーブル・ジャイアンツの曲名を採っているが、ポルトガル原語題は「青年よ 前へ向かって歩け」という。風雨や光線にさらされ、しどけなく朽ちた建物の扉に、頬を寄せて問いかけるヴェントゥーラ。一方、真新しい部屋の扉に頬を寄せて室内に耳を澄ます、およそヴァンダらしくない、愛らしいヴァンダのしぐさ。映画の冒頭と最後で、慎ましく隔たれた二つのショットが呼応するとき、小さな革命の声が囁かれたのではないだろうか。
■ペドロ・コスタ特集は、富田克也監督の『国道20号線』と共に、当館にて10月24日まで開催。
(仁藤由美 名古屋シネマテーク スタッフ)



「ペドロ・コスタ特集」のタイムテーブル

2008
  10/18
ヴァンダ 12:20
コロッサル 15:35
短編集 18:25
コロッサル 19:35
  10/19
コロッサル 12:20
短編集 15:10
ヴァンダ 16:20
コロッサル 19:35
  10/20・21
短編集 12:30
コロッサル 13:40
コロッサル 16:30
コロッサル 19:20
  10/22〜24
短編集 12:30
コロッサル 13:40
短編集 16:40
コロッサル 18:00

当日券(『コロッサル』『ヴァンダ』)
一 般 1700円
大学生 1500円
シニア 1000円
中高予 1200円
会 員 1300円
  前売券(『コロッサル』『ヴァンダ』)
一般・学生 1400円
会員 1200円


『短編集』
当日1作品券のみ
一 般 1300円 大学生 1200円
中高予 1200円
会 員 1100円

※前売券の販売は公開前日まで。 ※同日に『コロッサル・ユース』と『ヴァンダの部屋』をご覧になる方は、どちらかの当日料金(一般・学生)から200円割引になります。
『ペドロ・コスタ特集』解説

オフィシャルサイト